第18話 山本弁護人の調査
10日ほど経ったある日、山本弁護人から電話が入った。神野の推測とはかけ離れた内容だった。
「神野さん、しばらくでした。山本です」
「あ、こんにちは。何か変化はありましたか?」
「それが、神野さん、いろいろ試みたんですが、全くそれらしい関係には辿り着かないですねえ」
「えっ、そうですか。何の関係もない?」
「職場での上司と部下以外の何物でもないようですよ」
「そうですか。仕事だけの関係⁉ ンン、意外!」
「周りから訊いてみても何にも掴めなかったんで、直接本店長に当たってみたんです」
「ほおう、流石ですね。積極的ですね」
「弁護人ですからね。彼は、2人の関係はきっぱりと否定しました」
「そうですか、きっぱりと。演技という事はないですか?」
「100%とは言えませんが、十中八九、本心だと思います」
「そうですか。そうすると…?」
「明後日午前、神野さん、事務所に来れますか?」
神野は明後日午前は床屋の予約をしていたが、キャンセルする事に即断した。
「はい、お伺いします。10時で良いですか?」
「はい、10時で。先ずは、本店長との話の内容。それに、この後の現場検証について話し合いましょう」
「了解しました」
「それで、神野さんに一つ、宿題があるんです」
「ほう、宿題ね⁉ 難しいのはダメですよ。小学校時代から宿題は苦手なんです」
「神野さんしか分からない難問ですが、目撃証人の事です。誤解や逆恨みも含めて、彼女に恨まれるような事に何か思い当たる事はありませんか?」
「野々宮奈穂に恨まれるような事?」
「これが宿題です。きっと、何か有る筈です。明後日まで、本気に考えてみて下さい」
えらい宿題を貰ってしまった。神野は電話を切った後、畳の上に仰向けに寝ころび考えてみる。
誤解も逆恨みも一向に思い当たらない。原告である大友裕子なら、彼女の知的面を考えれば、逆恨みは考えられる。でも野々宮奈穂には思い当たらない。
どうしても気になって何にも手につかないので、思い当たるまでひたすら考える事にした。
(逆恨みでなければ嫉妬か? おばさん達の嫉妬なら分からんでもないが、20代の彼女に嫉妬はあるか?
私がトレーニング仲間の若い女性と親しく会話したり、トレーニングのサポートをしているのを見たからといって嫉妬するだろうか?)
自分に対しても相手の女性に対しても考えられなかった。
翌朝早く目覚めたので、布団の中で目を閉じたまま再び考えてみる。
自分がよくパーソナルストレッチをしてもらったり逆に肢体マッサージをしていた女性の姿が浮かんだ。彼女は藤谷慶というスタイル抜群の美女である。
(野々宮奈穂は彼女のルックスに対する羨望から、私に逆恨みしていたのか? これは考えられるかも?)
起床後、喫茶店で熱いコーヒーを啜りながら整理してみる。
(顔はきれいだが短身・短足な野々宮奈穂はスタイル抜群の藤谷慶への羨望から私に逆恨みしていた?
だが待てよ、もしそうだとしても時期的に問題がある。私が藤谷慶と親しかった頃は野々宮奈穂はまだ入社後数年までではないか。それにその頃は私に対しても愛想は良かった。愛想が悪くなったのはここ数年の事だ。では彼女への羨望が原因ではない?)
神野は改めて、野々宮奈穂の自分に対する態度の変化について記憶を辿ってみた。
(2年ぐらい前から不愛想になった気がする。だがそれは、『若い子が入ってきたので彼女達の手前、先輩らしくする必要がある』からだと思っていたが、他に理由はないか? 2年ぐらい前に何か彼女に嫌われる何か……。誤解、逆恨み、デリカシー欠如発言、セクハラ発言……)
そうか、これか! これだ、きっと!
神野の胸にはっきりと、2年前の野々宮奈穂とのやり取りが脳裏に浮かび上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます