第8話 弁護人依頼相談 村井邦彦2

 安堵しつつ、神野は改めて村井の顔を見る。

「うんたぶん、碌な奴が選出されないと思う。それで、改めて訊きたいんだが、大友って言ったっけ、何か恨まれる心当たりはあるん?」

「いや、それが…何もない」


「なら、ヒロさんはそのストレッチングの有効性を理解して貰う為であっても、彼女はそうは取らなかった。『ケツに触るのが目的だと取った』という事か?」


「まあ、そうかも。俺は3つの可能性を考えた。一つは今の、村井さんの言ったような場合。この場合、この子は相当な『性的過敏症』になる。でもこれは違うと思う。あの時、あの子は知らん顔をしていたように思う。おばさんから声がかかって初めて行動した。でも顔は見てないんで、そう思っただけかも」


「後の2つは?」

「おばさん達の嫉妬。オレらが普段、ストレッチングをしていた場所はさ、受付からはよく見えるだろ。オレがトレーニング仲間やマラソン仲間の女性たちとペアストレッチや相互マッサージをやっていたのを嫉妬してたんじゃないかと思う」


「おばさんの嫉妬は厄介だからな。どのおばさんか、分かってる?」

「いやそれが…。ストレッチに集中してて、顔を見てない。左側から聞こえたとしか」


「と言うと、北側か? 通路とは反対側だね。フロアの中に入ってたのか。声を掛けるだけなら、通路側からで良いのに、何故だ?」

「分からん。間近でしっかり確認しようと思ったのかな? 通路からだと4~5mはあるからね」


「ああ、そうだね。そうすると、ヒロさんが例のストレッチングでその子のケツに触るのではないかと予想して先回りしたって事か?」

「うんまあ、予想してと言うより、『期待して…』だろうね」


「そうだね。一応、おばさんから見れば、期待通りだったわけだ」

「そうだろうね。本当はもう少し深く触って欲しかったんだろうが…。オレはケツの付け根辺りで放したからな」


「あと1つ、あったね?」

「うん。Kスポーツクラブの逆恨みじゃないかと…」


「逆恨みか…」

「村井さん、アンタも随分クレームを付けてたろ? オレもね、誰が考えても真っ当なクレームはいくつか付けたよ」


「オレも真っ当やで。ま、オレの事は良いとして。どんなクレーム?」

「一度チェックインしたら、外へ出られなくなったね。以前は、キーを受付に預けて出られたよね。『門限までに戻るんだし、ケータイも携帯してるんだし何が問題だ』と訊いても、『ルールなんで』と言うばかりで埒が明かない」


「そんな事もあったな。昼間の仕事を持ってるランナーには、外に出られないのは手痛いよな」

「うん。それから、村井さんもよくご存じの消費税の二重請求の件。年会員は税率が上がる前に年会費一括で払っているのに、上がった後の分を別途請求するのは詐欺だろう? この件は思い切りクレームを付けておいた」


「それは、オレも同じ。強烈に付けておいたよ」

「ただねえ、Gスポーツクラブに替わった元Kスポーツクラブの2組の夫婦は4人とも請求通り払ったと言っていた。納得はできないが、少額だし、月会員は払っているのでまあ良いかと言う事らしい。それは違うと思うんだけど」


「うん、違うね。みんなおとなし過ぎるよ。それから?」

「受付に行って直接、本店長にクレームを付けようとしたのはそれぐらい。他は『まだ十分使えるマシンを処分して新機種を購入し、その分を会費の値上げで補う杜撰な経営』、『プールや女風呂に汚物が浮いていた事の対処方法』に対して怒りの言葉を場所を選ばず口にしていた事。当然これらは週会議のたびに本店長の耳に入っていた事だろうと思う」


「そんな事もあったな。プールの水を全部入れ替えるのはかなり出費がかさむらしい。まだある?」

「それから、オレは結構バイトの女子大生には好かれていたから。元気な運動部の子とはよく私語を交わしていた。従業員から見れば、あの子達の仕事の邪魔をしていたように見えたようだ」


「なるほどね。じゃあその場合、主犯格は本店長か⁉」

「まあそうなるね。その場合、本店長とおばさんがタッグを組んだことになる」


「大友裕子は?」

「あの子はただ利用されただけかも? 少し知的面がね」


「えっ、オツム弱いん?」

「フロアスタッフだが、かってのバイトの女子大生とは雲泥の差。他の子達と違って、エルゴメーターの汗を拭いているのを見た事がない。ストレッチマット用のマット拭きの管理も杜撰なので、ずいぶん注意をしたけど平気だったわ。ただ一日数時間、突っ立ったまま、時給稼ぎをしていた」


「そうか。だいたい分かった。おばさん嫉妬説と本店長の逆恨み説とはどっちの可能性高いとみる?」

「ううん…、判らん。でも、今はタッグを組んでる事は間違いない」


「うん。親しい弁護士がいるんで先ず彼に話してみるわ。それから、痴漢冤罪に慣れた弁護士仲間がいたら紹介してもらえば良いし。今夜にでも電話入れてみるわ。1週間ほど待っていて」



 後はランニング仲間やレースの事などの情報交換をして切り上げた。

 さあ、どんな弁護士が担当してくれるんだろうか?

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