第12話 旧友の進言 前編


「二人とも、見えたぞ」

「本当ですか?」


師匠に言われて、私たちは車窓から頭を出して正面を見る。

風景は相変わらず暗いままだけれど、その中に発色の良い灰色で仕上げられた聖堂と、それを取り巻く整った町並みが浮かんでいた。

防壁街は地形の都合、このように外から眺め難いし、仮にできたとしても廃屋街が風流の足を引っ張るだろう。それに、あそこは市街地としての意味合いしかないので、一々建物の規格統一がなされることは無い。

一方で、教皇都はその名の通り、教会連盟の総長たる教皇のいらっしゃる場所。他にも重要な機関が集中する威厳ある街なのだ。



 そういう事情で、教皇都の検問は聞いていた通り厳しい。極夜のせいもあってか出入りする人は少なかったけれど、ピリピリとした空気が常にあった。

街の入り口で規定のチェックを済ませても、衛兵たちは引きつった表情のまま問い詰めを止めない。

そこで、師匠が特別許可証を提示すると、衛兵たちはたちまち笑顔で媚びを売り始め、あっという間に通してくれた。

その許可証を用意してくれた方が今回会いに行く師匠のご旧友で、かなりの権力者であることは想像に難くない。

実際、馬車はそのまま上級連盟員しか住むことの許されない区画へと入って行った。


「ここは?」

「簡単に言えば、聖職者たちの寮だ」


立ち並ぶ屋敷の一つ一つが小さな礼拝堂くらいには立派であり、師匠の言う通り、高位の人が住んでいるのだろう。

教会連盟という組織はその名の通り宗教的な側面も強い。その中で出世を重ねると、島全体の政治に携わる聖職者として叙任される。

つまり、ドリフト諸島における聖職者とは実質的には政治家でもあり、何世紀か前の、教会が絶対的権力を握っていた頃の文化に近いのだとか。

ただ、師匠が馬車を止めたのは他と比べてかなりみすぼらしい館の前だった。



 大して広くない庭を渡って、私たちは館の扉を叩く。


「「はい」」


返ってきたのは想像よりも幼い、二人の子供の声だった。


「ようこそお越しくださいました」

「ローレンス様と、アシュレイ様、それからシルビア様ですね」


聖歌隊のような白いローブをまとった二人は容姿も瓜二つ――恐らく双子だろう。身長はどちらも私の胸辺りまでといったところ。

彼らはその瞳を短い髪に被せたまま、表情ひとつ変えず淡々とした口調で続ける。


「どうぞ中へ」

「「サリヴァーン先生がお待ちです」」



 談話室で先にソファーに座っていたのが、そのサリヴァーン先生・・・・・・・・らしい。彼は司教とのことだ。

師匠と同様にかなりの長躯だけれども、体付きは「たくましい」という表現からかけ離れて酷く痩せ細っている。全身各所に浮き出た骨を見ると、右手に握る錫杖だけで体を支えきれるのか心配になった。

とは言え、彼は私たちの気配を察してこちらを向き、問題無く話し始める。


「よく来てくれたね、ローレンス。こうして顔を合わせるのは随分と久し振りだ」


不自然なくらい落ち着いていて、何というか……むしろこちらが浮足立つような、そんな声だった。

また、顔の目から上を包帯のようなウィンプルで巻いてあるようだが、視界はどうなっているのだろうか。

すると、丁度師匠が答え合わせになる発言をしてくれた。


「目の状態が悪化しているようだが、それは見えているのか?」

「あぁ、大事無いとも。病は今に始まった話じゃない。慣れてしまえば平気だ……そう言うローレンスこそ、随分老けて腰が曲がったようだね。こんなに背が――」


サリヴァーン司教は少し屈み、私の頭に掌を当てて背丈を計っているようだけれど……

私は困り果てて、師匠に助け船を求める視線を送った。師匠もすぐにそれをくみ取ってくれて、


「それはシルビアだ」


と、食い気味の指摘を入れてくれた。

それを受けてサリヴァーン司教はピタリと止まり、ぎこちない様子で立ち直した。


「……冗談だよ」


その嘘臭くて頼りない振る舞いに、私たちは早くも汗を垂らす。彼の後ろに控えている小姓の二人も、若干動揺を見せた気がする。

それでも、サリヴァーン司教は気にせず話を続けた――というよりも、真剣な表情に変わって本題に入ろうとしていた。


「まぁ、丁度良い。彼女についても関係があることを話したかったんだ」




 サリヴァーン司教がそうは言ったものの、いざ話が始まると、私たちは席を外すように言われた。

その間、私とアシュレイさんは別の部屋へと案内される。館の外観に反し、内装は質素ながら美しかった。

けれど、アシュレイさんはこれだけでは満足行っていないらしく、


「あ~、観光したかったなぁ!」


と呟いていた。防壁街では出回らないような高級資材を買って、新しい矢の研究をしたかったんだそうだ。

彼はテーブルに用意されていたクッキーの自棄やけ食いを始める。


「アシュレイさん、ほどほどn――!」


口にクッキーを突っ込まれて、私は止む無くそれを齧る。


「……随分美味しいですね」

「だよね、僕も思う」


二人でそんなことを話していると、どこからか説明が挟まった。


「それらの茶菓子はわたしが用意しました」


扉の方を振り返ると、小姓の二人が入って来ていて、お辞儀をしていた。


「申し遅れました、ベテルギウスと――」

「リゲルです。サリヴァーン先生とローレンス様の談話が済むまで、お二人の接待をさせていただきます」

「えぇっと……どっちがどっち?」

「青黒い髪の女がわたくし、リゲルです」

「赤髪の男がわたし、ベテルギウスです。言い難いので、ルギアと呼ばれています」

「オッケー。リゲルちゃんとルギア君だね? 覚えたぞ」


流石アシュレイさん……馴染むのが早い。私も彼らと色々話さなくては!


「お二人はやはり双子なんですか?」

「はい。私たちは孤児としてサリヴァーン先生に育ててもらいました」

「今ではこの通り、小姓を務めています」

「そうでしたか」


細かい事情はまだ聞いていないけれど、私はこの二人に淡い親近感を覚え、また、サリヴァーン司教の人柄に興味が湧いた。


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