散り際の月光
幸/ゆきさん
第一楽章 新月の契り
防壁街 編
第1話 血の巡り 前編
https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16818093083224722178
澄みきった紺色の空に浮かぶ満月……その下で時計台の鐘の音が重く響き渡り、日付は12月24日に移り変わることを告げた。
ただし、人々はとうの前にそそくさと店終いし、家に籠ってしまっている。
月夜の街はいつも空虚で、静まり返っていた。
『月光を浴びると人は狂い、獣に憑かれる』
民話でしか聞かないような、狼人間の伝承が現実になってしまった地がある。
それがここ、【ドリフト諸島】。
開拓が始まったのは半世紀弱遡った頃。
古代遺跡に眠る超常的な資源が発見された事を皮切りに、人間は惹かれ始めたのだ。
この開拓を一大事業として掲げる熱心な諸外国も少なくなく、巨額の金が出入するようになると、島は瞬く間に栄華を極めるかに思われた。
【祟り】……如何なる医学を以てしても原因の鱗片すら掴めない、まさに呪いの病。
感染したが最後、【憑き物】と呼ばれる獣や怪物に成り果て、夜な夜な人を喰い殺す脅威となる。
これが発覚するや否や、諸外国は島と縁を切って封鎖。
それから祟りの根絶は叶わぬまま、今日に至るというわけだ。
ただ、この脅威に抗う者がいる事も忘れてはならない。
見捨てられた島民たちを束ねる臨時政府の下、憑き物を狩る夜の戦士たち【弔い】である。
がらんとした大通りを歩くのは、身長差の大きい二人組の弔い。
背の低い方は
丈夫なロングコートや革製防具を始めとする戦闘服を一人前に着こなしているものの、それは洗練された外見に反してずっしりしており、まだ体格が完成していない彼には少々負担を掛けている。
アシュレイは張り詰めてしまった神経に少しのゆとりを与えんと、蝶ネクタイを緩めながら深呼吸した。
その際、彼は改めて辺りを見回す。
普段であれば、中世的な街並みを形成する石造建築一つ一つ、その芸術的な造形や彫刻が不気味な影を描き出しているところだ。
けれど、今晩はどこもかしこも赤・緑・白――明るい配色をした聖誕祭の飾りに彩られていた。
彼らが昨晩来たときはまだ無かったので、日中に準備された事になる。
アシュレイは、子供たちがはしゃぎ、街の人々が笑顔で支度をしている様子を思い浮かべた。
(
彼は人々を妬むわけではなく、ただ微笑ましいと思えた。
……和やかな妄想に耽るアシュレイと並んで歩くのは、その師である長躯の初老漢【ローレンス】。
訳有って鍔広帽子とヴェールで素顔を隠しているものの、ベテランの戦士に相応しい貫禄のある声でアシュレイに話し掛けた。
「アシュレイ」
「わっ、びっくりした。何ですか、師匠?」
「今晩は休暇にするぞ」
夜を仕事
そして、この休暇は言わずもがな、聖誕祭を祝う為である。
「ホントですか⁉ よっしゃ~♪」
貴重な休みが到来してアシュレイは思わず小躍り……真面目な彼には珍しい、年相応の素直な反応だった。
一方、ローレンスは唐突に他所を睨んで静かになった。
「おっと、来ちゃったか……」
もう3年の付き合いになるアシュレイには、言葉を交わさずとも師がどこの何へ意識を向けているのか分かる。
ローレンスが背負っていた大剣と矛に両手を掛けたのを見て、
彼も折り畳んでいた機械仕掛けの弓を展開し、構えた。
「二時の方向、あの建物の裏かな。妙に気配が分かり易いです」
「撃てるか?」
「上げて貰えれば」
アシュレイが頼みの意味も込めて応えると、ローレンスはすぐさま道端にある樽を石畳に転がした。その上に長柄の矛を置いたときには、
(あ、これ僕がシーソー飛びさせられるヤツだ)
とアシュレイも察した。
口を慎まず言えば滅茶苦茶な戦法だが、彼も今更尻込みはしない。
「じゃあ行きますよ」
合図の後、少し離れた所から助走を付けて矛の端に足を乗せる。その一歩を強く踏み切ると同時に、ローレンスが矛を跳ね上げた。
ローレンスを大柄たらしめる要素には身長のみならず、鍛え抜かれた重厚な筋肉が挙げられる。
そこから繰り出される怪力は梃子の原理を通して働らき、アシュレイを宙へ押し出した。
アシュレイの視界は瞬く間に周りの家々よりも高くへ達する。
(チャンスは落下が始まる寸前の、慣性が消える一瞬……)
暗視スコープで覗くモノクロ景色の中に蠢く黒い影を捉えると、彼は素早く二本の油矢を放った。
射出口で火打石に見送ってもらった事で、
彗星のごとき軌跡を描いて着弾したのを見届けながら、アシュレイは付近の屋根に着地した。
ところが、火矢が放つ二つの光はそれぞれが別の方向に動き始めた。
つまり――
「驚いた、多分二体に当たりました。閃光矢にしといた方が良かったかなぁ……」
「悔やんでも仕方あるまい、十分な働きだ。お前は場所を変えてもう一度準備を」
ローレンスは共有された情報を頭に入れ、着弾地点へと駆け出した。
ローレンスが目星を付けた辺りに来ると、早速地面に血痕を見つけた。
それを指で
アシュレイが狙撃した憑き物の血と見て間違いない。
血痕は、大通り沿いの街灯では照らされない裏路地、その曲がり角へと続いていた。
ローレンスが引き続き大剣と矛を構えながら慎重に辿って行くと、やがて憑き物の唸り声が耳に届くようになった。
傷を受けて興奮しているのだろう、そこには荒い息遣いが見え隠れしている。
獰猛な肉食獣の気配が目と鼻の先から発せられているというこの状況に晒されれば、多くの者は縮み上がってしまうだろうが、戦う術・経験・知識を持ち合わせているローレンスは落ち着いていた。
相手は大方【
祟りの感染者は様々な形態の怪物に変貌するが、熊狼とは最もありふれた形態のことだ。
ただし、「最もありふれた」形態の一つだからと言って、雑魚敵と勘違いしてはならない。
熊並みの体躯と狼のような攻撃的な形相を持つ事から命名されているのであって、いとも容易く人間を殺すのだから。
ローレンスは聞こえて来る唸り声で相手との距離感を測り、大まかな位置は特定した……角を曲がってすぐだ。
彼は油断無く直前で一度立ち止まり、呼吸を整えてから、
敏捷に大剣を振るいながら角を曲がった――
――ところが、標的の姿は無く、剣は空を斬った。
それもその筈、熊狼は頭上から奇襲を仕掛けて来ていたのだから。
牙を剥き、爪を立てて迫る
しかし、彼の目が捉えているのはひとえに相手の隙のみであり、既に迎撃態勢が整っていた。
彼は熊狼の心臓へ狙いを定め、巨大な矛による渾身の突きを繰り出した。
次の瞬間、熊狼の背中から矛が頭を出し、鮮血が噴き出す。
無数の血雫が瞬発的に宙へ投げ出される勢いは、打たれたビリヤードの玉たちが弾け飛ぶ様子さながらだった。
間も無くするとその勢いは失われ、血雫たちは重力に従う。
赤い
・後書き――――――――――――――――――――――――――――――――――
弔い
教会連盟から公に雇われた、祟りの脅威を狩る傭兵の呼び名
人々が寝静まり、夜空に月が昇る
それこそが彼らにとって
今や血塗られた仕事でしかないものの、祖たる者のかつての願いは潰える事なく
確かにこの名で引き継がれている
ローレンス、キャラクタービジュアル
https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16817330667358732740
アシュレイ、キャラクタービジュアル
https://kakuyomu.jp/users/yuki0512/news/16817330667358939944
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