第2話 糾弾されたハズが

 さっきまでの頭痛が嘘の様に治まり、なんとか立ち上がることが出来た。


「お嬢様!」

「あ、大丈夫よ。心配しないで」

「しかし……」

「大丈夫、すぐに終わるから」

「はい……」


 私がフラつきながらもなんとか立ち上がると、固唾を呑んで見守っていた側仕えのフィリー嬢が私に手を差し出すが、私はそれをやんわりと断り、こちらの様子を黙って見守っていたウィリアム王子、そしてその背後に隠れるようにしながらも私の一挙手一投足を見逃すまいと、貴族令嬢としてはならない目付きでこちらを見ているカミラ男爵令嬢を冷ややかに見据える。


 今の私の状況を冷静に分析するならば、乙ゲーでよく見られるという悪役令嬢の追放劇の一端だろうと思われる。ならば、このまま相手の好いように進められてしまえば私に待っている結末は学園からの追放に貴族籍の剥奪、それからの国外追放まであるかもしれない。更に悪化すれば死罪も待っているかもしれない。


 さっきやっと転生前の記憶が蘇り、これからこの異世界を堪能しようというのに冗談じゃない。何か逃れられないものかと逡巡することなく口から出たのは「本気だよね」と確認することだった。


「失礼ですが、ウィリアム様。婚約破棄は王家としてのご意見で間違いないでしょうか」

「ふ、ふん! 私が婚約破棄をすると言っているんだ! それこそ、王家としての考えであろうが!」


 目の前の何も考えていないウィリアム王子であれば、こういうだろうとは予測は出来たが、あまりにも理不尽すぎるのではないかと思う。であるならば、ここでは無闇矢鱈に騒がず粛々と相手の思惑通りに婚約破棄を受け入れようではないか。それこそ、こちらが求めているものなのだから。思わず口角の端がつり上がりそうになるのを手にしている扇子で隠す。そして、気を引き締めると目の前のウィリアム王子ではなく、その上の存在に意思を確認することにした。


「では、失礼ながら陛下に申し上げます」

「うむ、申してみよ」

「ウィリアム様は私との婚約破棄をお望みとのことですが、私としましては心苦しいことではありまが、受け入れようかと思います」

「な、何を言い出すのだ! グレイス嬢よ。ソレはウィリアム王子の戯れ言であろう。本気にするではない」

「パパ!」

「陛下だ! 公の場では『陛下』と呼ぶようにいつも言っているだろうが!」

「くっ……へ、陛下」

「なんだウィリアムよ」

「そこにいるグレイス嬢は私の婚約者には相応しくありません!」

「ふふふ、これはおかしなことを言いますね。確か、婚約はウィリアム様からの要請があってお受けしたと記憶しておりますが……はて、私の思い違いでしょうか?」

「ぐぬぬ……ああ、そうだよ。私は幼い頃にお前を見てパパにお願いしたのは確かだ」

「あらら、では相応しくなくなったということでしょうか?」

「ああ、そうだ。それくらい言わなくても分かるだろう!」


 だから、『パパ』と呼ぶなとでも言いたそうに王は顔を顰める。


 私は可笑しさを堪えるために扇子で口元を隠してはいるが、こうも上手くいくと腹筋が崩壊しそうになってしまう。


「そうですか。では、ウィリアム様にお伺いしますが、私がウィリアム様の婚約者として相応しくない点を皆様の前で仰っていただけますか?」

「ああ、いいだろう。言ってやろう」


 今から私の至らない点を言って欲しいと言えば、意気揚々として話しだそうとする自分の息子であるウィリアム王子の様子を見て、王は顰めっ面になった自身の顔を右手で覆い隠す。


 ここで父である王が一喝して止めさせれば、この後に起こるであろう不幸も少しは違ったものになったかもしれないが、この時点でそれを知っているのは今、正に糾弾されようとしている私だけかもしれないと思うと余りにも楽しくなり顔が歪になりそうだ。


 少しだけ気を取り直しウィリアム王子からの『相応しくない』と言う名の悪口を甘んじてうけ……なくてもいいよねとニヤリとしそうになるのを慌てて扇子で口元を隠す。


「では、お聞かせ願えますか?」

「ああ、いいか。先ず貴様は私より背が高い!」

「は?」


 どんな罵詈雑言で罵られるのかと思えば、一発目がそれかと目が点になるが、このまま黙って受け入れるつもりはないので、こちらも真っ直ぐに打ち返す。


 しかし、私の身長が高いとは言い掛かりも甚だしいとはこういうことなのだろうか。だが、今の私の身長は百七十センチメートル近くであろうが、これは少々高めのヒールを履いているせいだ。なので実際は百六十五センチメートルあるかないかであろう。そして、その私の身長が自分より高いのが我慢ならないと言うウィリアム王子の身長はと言えば、百六十センチメートルに満たないようだ。もうすぐ十六歳を迎え正式に王太子として認められるというのに本当に小さいことを気にするつまらない男だと見下げてしまう。


「失礼ながら、ウィリアム様。それは私の背が高いのではなく、ウィリアム様の背が低いのでございます。私も出来るのであれば、この足を切るなりしてウィリアム様に釣り合うようにしたいと思いますが、そうなると私のこの姿が不均等になり、それこそウィリアム様との釣り合いがとれなくなってしまいます。申し訳ございません。頑張って大きくなられることを心より願っております」

「ぐ、ぐぬぬ……貴様は私より成績がいいのも相応しくない!」

「重ね重ね、失礼とは思いますが、それは私の成績がいいのではなくウィリアム様の成績が少々悪すぎるのが問題だと思います。確かに私の成績は上位ではございますが、学園の最上位ではございません。私より上位の成績優秀者は両手で数え切れないほど存在します。ですがウィリアム様の後ろに控えている方々は片手で足りてしまいます。なので私がこれをなんとかしようと指導を申し上げましたのにウィリアムはそれをお断りしたじゃありませんか。私には必要ないと」

「ぐ……き、貴様は私より強いのが我慢でいない!」

「ふぅ~前置きは省略させて頂きますが、それは私が強いのではなく、ウィリアム様が弱すぎるのです。例えば模擬戦で剣を最後まで持っていたことがありますか? 私の記憶では一合で剣を弾き飛ばされるのを繰り返すばかりで、剣で思いを交わすことも叶いませんでした。およよ……」

「ぐぬぬ……」


 私への糾弾だったはずが蓋を開ければ全てが自分に対し見事に打ち返されるという醜態を繰り返していることにいつ気付くのだろうか。私としては腹筋が崩壊する前に終わらせて欲しいのだが、まだ歯を食いしばっているところを見るとまだ終わりそうにない。その気概を別のところで見せてくれたのなら、こうはならなかっただろうに。


 それに父であるハズの王も呆れを通り越して、まるで可哀想なものを見るように哀れんだ目で見ている。


 周囲の貴族達も同じようにシラッとした感じで呆れているようだ。


「まだ……まだだ!」

「ウィリアム様、これ以上は御身の為にも控えた方がよろしいかと思いますが……」

「黙れ! 貴様が今までしてきた悪行を今、この場で晒してやるからな、覚悟しろ!」

「はて? 悪行ですか?」

「そうだ、ここにいるカミラ嬢に対する数々の悪行だ!」

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