ざまぁする前に生きるのに必死です
@momo_gabu
第一章 突然の出来事
第1話 なんで俺がこんな目に
「お前との婚約は破棄させて貰う!」
「はい? え? 痛っ! なに?」
舞踏会の最中にいきなり、私にグラスの中のワインを浴びせ、そう叫んだのは私の婚約者で、この国『サザーランド王国』の第一王子であるウィリアム・フォン・サザーランド 十五歳である。
私は頭から赤いワインが流れるのを不思議そうに見ながら、どうしてだか不思議な気分になり、気付けば突然の頭の痛みに我慢出来ず、その場に蹲る。
だが、この舞踏会の会場で蹲る私を心配してくれる人は皆無で皆、自分に火の粉が掛からないようにと遠目で見ているだけだった。
痛む頭を抑えながら思ったのは「俺はここで何をしているんだろう?」と言うことだった。
ズキズキと痛む頭に前世の記憶が蘇ってくる。
「そうだよ、俺は……」
気が遠くなりそうな頭の痛みに耐えながら、思い出したのは俺の前世だった。
俺の名前は「
親が高齢で諦めかけていた時に俺を身籠もり大事に大事に育てられた俺は、大事に育てられすぎた。
小学校に上がる前に特撮ヒーローに憧れ、変身グッズを欲しいとねだったが「あんな物は必要ありません」と知育グッズ以外のオモチャは与えて貰えなかった。
小学校に上がり、普通に友達と遊ぶのだが当然、擦り傷、かすり傷は公園で遊んでいても出来る物なのだが、母親にはそれが許せなかったようで、公園でも屋外で遊ぶのは禁止された。そうなると折角出来た友達も俺から次第に離れていき、終いには俺に何かあるとうるさい母親が苦情を言ってくるということが広まり誰からも相手にされなくなった。
中学では部活に興味を持ったが「そんなことをする必要はない」と塾に通わされる。
最初は「なんで塾に」とイヤな気持ちになったが別の中学から来た生徒と仲良くなり、授業終わりにコンビニで屯していると気付けば母親がこちらを睨んでいた。次の日からは授業終わりに母親が迎えに来るようになったことで、俺はここでも居場所を失った。
高校生になると異性にも普通に興味を持ったのだが、グラビアが掲載されている少年漫画を家に持ち込んだだけで、気でも触れたかのように暴れ回る母親を見て、俺は母が生きている限りは女性と交際するのは無理だと悟った。
大学生になり、この家から出れば今まで抑圧された母親からの色々から解放されると喜んだのだが、県外への進学は許されず、ましてや一人暮らししたいと言えば、自分も一緒に住むと言いだしたので一人暮らしのメリットであるはずの『母親からの解放』が出来ないと悟り、キャンバスが変わってもなんとか自宅から通った。
会社に入れば、さすがに母親も『一人の大人』として見てくれるだろうと思ったが、それは甘い考えだと悟ったのは所属された部署で開かれた新人歓迎会に母親が乱入したと思ったら「女がいるなんて聞いてない」とヒステリーを起こしてしまったので、俺は謝りながら母親を連れて帰った。
それからは俺は今までの小中高大と同じ様に『下手に関わってはいけない人間』として扱われることになった。折角面白く感じ始めた仕事でも少しでも残業することになれば母親からの電話が俺が帰社するまで鳴り続けるために俺は若くして最低限の仕事しか回して貰えなくなり会社にいる意味があるのかと考えた。
だが、母親なのだから俺より先に亡くなるのは自然の摂理と考え、母親が死ぬまでは我慢しよう、そう思っていた。
しかし、母も八十が目の前に迫り、母の周りでは「孫自慢」が始まる。そうなると自慢の息子なのだから、すぐに子供くらい出来るだろうと考えたのかは知らないが、アラフォーの俺に「あなたは結婚を考えている女性はいないの?」と聞いて来た。
その瞬間に俺は初めての反抗期を迎えたのだと思う。食べかけの食事をテーブルの上から左手でなぎ払い、それを見て怯える母親に向かって「誰のせいでこうなったと思っているんだ!」と怒鳴る。
だが、母親は怯えながらも「どうしたの?」と言うだけで、自分が地雷を踏み抜いたことを理解していなかった。
ここまでの話で父親は何かアドバイスはないのかと思うだろうが、父親は幼少の頃から俺を大事にし過ぎる母親に愛想を尽かし、他に家庭を持っているそうだ。
母親の性格から、今の自分の家庭を壊されかねないと思い離婚はせずに生活費だけを振り込むだけの存在となっている。
なので、今住んでいるこの家には俺と母親だけしかいない。その母親は俺が怒った理由を一つも分からないといった様子で俺が散らかした物を片付けている。
俺はそんな母親に怒る気も失せ、もういいと部屋に戻る。
次の日、鬱々とした気分で、仕事を終えるが俺を気遣う同僚もいないので溜め息と共にタイムカードに刻印し、会社を出たところで背中に『ドン!』と衝撃を覚える。
「なんだよ……え?」
誰がこんなところでぶつかって来たんだと振り向き確認しようとするが、足がもつれて上手く立つことが出来ずに尻餅を着く。
「痛えな~」
「お前が田中か~!」
尻餅をついたことで上手いこと背中側を振り向いたと思ったら、そこに立っていたのは右手に持ったナイフを腰だめにして左手で支えている若い男だった。
「誰だコイツは?」と思ったが、ソイツが持つナイフから赤い液体が垂れているのが目に入る。俺は「あれ?」と思う。アイツが背中からぶつかって来たのなら、アイツの持つナイフに着いているのはもしかしてと思い、背中の少し感覚が鈍くなっている箇所に手を伸ばせば生温かい何かに触れるので、ソレを確かめる為に目の前に持ってくると右手が真っ赤に染まっていた。
若い男は尻餅を着き低くなった俺に対し狙いを定め直すと「洋子を返せ! 死ね~!」と向かって来る。
俺は立ち上がることも避けることも出来ずにどうしようも出来ずにいると会社から出て来た同じ課に所属している若い女性社員と目が合う。
「え? なんで悠太がここにいるの? なんで……」
「どうしたの? 行くよ」
「あ、田中課長……あれ」
「ん? あれは山田だな。前にいるのは誰だ?」
「そうじゃなくて! あ!」
若い女性社員は俺が刺された瞬間を目撃したのだろう。思いっ切り、目を逸らすが確か「
刺されて失血のために気が遠くなるのを感じながらもなんで自分がこんな目にあったのか全ての辻褄があった気がした。
アイツ、小林洋子が浮気したのを田中ではなくなんの接点もない俺だと教えたのだと。そして、男に何度も刺されながら閉じていく瞼の向こうで田中に庇われながら小林洋子が俺を見て『ゴメンネ』と言ったのは忘れない。
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