第11話 もう諦めろよ
大騒ぎをしたのは、デューイだけではなかった。オレンジも、レオも、ライスもキバもオーランドも、みんな頭に血を上らせて犯人探しをした。だが何の手がかりもないまま数日が過ぎ、いつまでも騒いでいるのはデューイだけとなった。
オレンジは、口にはあまり出さなかったが、アリスの「死」が余程ショックだったのだろう。何も言わずにオセロ街から姿を消した。そうなるとデューイはもう孤軍奮闘となり、彼はレオが心配するほど無茶なことをやり出した。
「お前じゃないのか」
彼は新参者に言った。
「アリスが、この辺りでどれだけ愛されているか知らないで。ロイドを分解すれば売れるなんて考えて、彼女を殺したんじゃないのか」
「それとも、お前か」
彼は知った顔に言った。
「お前、オレンジのおっさんとよくやり合ってたよな。彼がアリスを可愛がってるのを知って、仕返しをしたんじゃ」
「まさか、お前か」
彼は仲間にまで言った。
「順番を守らずに歌ってもらおうとして、断られたことがあったな。お前を笑ったのは俺たちであって彼女じゃないのに、逆恨みをしたんじゃ」
「お前か」
彼は乱暴者に言った。
「アリスを壊れロイドだと言って馬鹿にしていたな。本当に壊してやろうと、殺したんじゃないのか」
「馬鹿らしい」
ふん、と乱暴者は鼻を鳴らした。
「『殺す』? いくらヒトガタをしているからって、お前たち、馬鹿じゃないのか。ロイドなんか、ただの
「そのことについて、お前と話し合いたいとは思わない」
デューイは返した。
ロイドは機械。単なる、モノ。
彼もそのことはよく判っている。判っているつもりだった。
アリスはプログラムに従って動き、微笑み、喋り、歌う。だが、だからこそ。
機械だからこそ、彼女は誰にでも平等だった。汚いから、臭いからと彼らを避けず、落伍者、負け犬と嘲笑いもしない。ただ、優しく歌を歌う。
だからこそ、アリスは女神だったのだ。
「本物の感情」を持つ人間には、決してできないこと。
自己を押し殺して奉仕をするのではなく、本心を押し隠して笑みを浮かべるのでもない。
機械だからこそ。――アリスだからこそ。
「いなくなって、せいせいだ。どこでもかまわず歌い出して、うるさかっ……」
「この、野郎!」
デューイはかっとなった。
「やっぱり、お前が!」
「何をう! やる気か!」
バーは一時、騒然となった。男に掴みかかったデューイは簡単に投げ飛ばされたが、怯むことなく立ち向かい、思い切り腹を殴られた。よろよろとしたところを蹴りつけられ、口のなかを切った。周囲がとめに入り、どうにかその程度で済んだ。
「――もう、いい加減にしろよ」
苦々しい口調で、レオは言った。友人の肩を借りて歩きながら、デューイは無言だった。
「お前の気持ちは、判るよ。アリスがいなくなったと思えば俺だって寂しいし、誰かが彼女をばらばらにしたんだと思うと、怒りも湧く。だが、あれだけ聞き回って、何も判らないんだ。通りすがりの誰かがやって、売れるパーツを売り払って」
諭すように、彼は続けた。
「なあデューイ。もう諦めろよ。もう、いないんだ。犯人も。……アリスも」
ぽつりとレオはつけ加えた。やはりデューイは黙っていた。
「じゃあな。打ったところ、冷やしておけよ。悪化しても、医者にかかる金なんかないだろ」
「……レオ」
「ん」
「ありがとな」
「何もしてないよ」
「お前だけだ。まだ、つき合ってくれるの」
「言っとくが、犯人探しにはつき合ってるつもりはないぞ」
「判ってる。オレンジのおっさんですら、どっか行っちまったんだ。あの人は、犯人を見つけたって何にもならないってこと、よく判ってたんだろう」
「その通りだ」
レオは大いにうなずいた。
「犯人を見つけたって、アリスが戻る訳じゃない。たとえパーツをみんな取り戻したとしても、俺たちじゃ元通りになんかできっこないし、カイン先生やリンツ先生に頼むとしたら、これまでのメンテ費用なんかちっぽけに思えるほど、金がかかるだろう」
「その通りだ」
今度はデューイがそう言った。
「判ってる」
「そうか」
レオはほっとした。
「もう、諦めるな?」
だがそれには、デューイは答えなかった。
「……明日」
「うん?」
「くず鉄の、圧縮日だな」
「それが……どうした?」
「いや」
別に、とデューイは言った。レオは、友人の考えていることが判るようだった。
無駄なことはよせ、と言っても聞かれはしない。レオは途方に暮れながら、翌日、〈クレイフィザ〉のクリエイターを目にすることになる。
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