人の気持ちが分かるとは

 普通の人間でない私の経験で話すなら、彼らは人の気持ちが分かるとは思えなかった。


一般的に言ってアスペルガータイプは分からない側、普通の人間は分かる側で語られる。


アスペルガーが分からない側なのが適性かは自分には判断ができない。当事者でもなく、1人が好きなせいで身の回りにそのタイプがいない。


分かる側で語られる方はどうだろう


彼らは普通である自分自身の感情や考えを通して他者を理解しているように見える。


シンプルに言えば

「自分ならどうか」を実行している


正確には普通というありふれた人間の共通点の多さから、結果的に分かっているだけで、間違っていない事が多いというのが正しいだろうか。


逆に言えば、普通でない人間が目の前にいる場合は分かった気でいながら間違えるのかもしれない。


普通の人間ではない、変わり者である自分のならどうか


私も普通の人間の感覚なら多少分かるのだろうか。ただ、これは自分を通してではなく普通の人間ならどうかを考える。


この感覚こそが自分が集団、社会、そもそも人間が嫌いな理由なのかもしれない。


普通の人間の価値観のような物は私が持っていないだけで、理解はしている。


このような感覚が普通の人間のフリを可能にするのだろう。


ただ、自分でない何かを演じること、ウソをつくような事は苦痛なので「出来る」と実際に「やる」というのは完全に別の話になる。


それ故に普通という集団の真ん中に属せる事が私からすれば、とても羨ましく思う。


もしくは変わり者として振れきったタイプの方が、「普通のフリ」や「変換」が出来ない点でこれもまた羨ましく思う。


この両者こそが

「分かる」側と「分からない」側なのかもしれない

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