第11話 ミランダの自白③そして彼女は稀代の悪女となった
出産が近付くにつれ、大きくせり出した腹に、王宮医が双子の可能性を示唆する。
ファゴル大公国へと密使が走り、ミランダが大公を通じて、アルディリア国王に親書をしたためたのは、出産予定日の約二ヶ月前のことであった。
アリーシェを離宮へと移動させ、すべての侍女と王宮医の助手を、大公宮で働く信頼のおける者と挿げ替える。
そしてその後、ミランダもまた、国王陛下を表敬するという名目で使節団に加わり、アルディリア王宮へと急いだ。
「アルディリアに到着し、すべての準備が整ったのは、出産予定日まで二週間を切った頃でした」
華やかな美貌と蠱惑的な眼差しで、次々と男達を魅了する、魔性の大公女。
本来であれば触れることすら許されない王の身体に、しなだれかかるように手を添える。
数か月前、アリーシェの懐妊祝いでミランダが祝辞を述べた際も、王との親密な様子に憂慮する声が上がっていたが、今回参加した夜会で、まるで恋人のように仲睦まじく談笑する姿に、アルディリアの貴族達は色めき立っていた。
『陛下を誑かす、傾城傾国の悪女』
妃陛下が出産を控え、離宮にいるのをいいことに、陛下を篭絡しようとしているのではないか。
陛下の寵愛をかさに、我らが
だがミランダはあらゆる非難をものともせず、王宮内の貴賓室に何日も居座り、さらには成人した王族と特別な官職の者しか許されないはずの、禁書庫への立入りまで、許されたのである。
「これまで四大国で産まれた双子がどのような運命を辿ったか、そして口伝の発端となった双子の皇女が、帝国を滅ぼした理由や史実の誤り等……禁書庫へ出向き、国王陛下と話していたのは、主にそのような内容でした」
調べれば調べる程、口伝に綻びが見られ、疑惑が確信へと繋がっていく。
「私達の出した結論は、『双子は禁忌に非ず』……そしてお姉様が産気づいたとの報告を受け、私は離宮へと急いだのです」
王宮医に同行した二人の騎士は、アルディリアの者ではなく、幼い頃からミランダの護衛を務めてきた、ファゴル大公国の近衛騎士達だった。
双子であった場合、本来であれば一人は伝令として王宮へ走り、もう一人は
産気づいてから、かかること五時間。
離宮に、二つの産声が響く。
騎士の一人が、白布にくるまれ、
そしてミランダは、本来であれば城へ伝令として走るはずの、もう一人の騎士とともに、分娩室へと急ぐ。
これから王女として大切に育てられるであろう、
異様な雰囲気を察知し、王宮医が逃げようと踵を返したところで、騎士が背中を蹴り倒す。地に伏せた状態で踏みつけ、その身体を固定すると、上から胸を一突きにした。
くぐもった声が聞こえ、口からゴボリと血が漏れる。
絶命したのを確認し、予め手配をしていた御者達が、その身体を布でくるみ、樽に詰める。そのまま敷地内に寄せた馬車へと足早に運び、闇夜に紛れて消えていく。
王宮医がいなくなった今、すべての人間を、大公宮の者に入れ替えたこの離宮において、それを見咎める者は誰もいなかった。
「すべてを秘密裏に済ませ、
もちろん、すべては国王陛下の知るところです、と補足する。
「お姉様は双子であることを、ご存知だったのでしょう。その後お心を病まれ、産後の肥立ちが悪かったこともあり、そのまま離宮に籠ってしまわれました」
そこまで話して、一度息を整える。
「一向に良くならないお姉様の体調を心配した私は、お父様の反対を押し切り、双子の片割れを連れ、再びアルディリアを訪れたのです」
その時のことを思い出し、ふふ、と小さく笑う。
「お姉様の懐妊祝いでアルディリアを訪れた際に、私が国王陛下の子を孕んだという情報を事前に流しました。そしてお姉様が出産した五ヶ月後に、女児を出産した、とも。……私は、赤子を育てる事を拒否し、それならば養女として王家に迎えたいというお姉様の強い要望が認められ、無事にアルディリア王族として迎え入れられることとなったのです」
ミランダ自ら離宮に出向き、赤子を姉に手渡した。
アリーシェは瘦せ細った身体で赤子を搔き抱き、声も出さずにむせび泣く。
すべてはミランダが描いた筋書きだった。
そしてその筋書きどおり、赤子は無事、本来の母の元へと戻った。
アリーシェの王妃としての地位は揺るがず、むしろ慈愛に溢れた国母として敬愛され、さらには愛しい我が子を、手元で育てることができるようになったのだ。
「お姉様はひとしきり泣いて、そして私を抱きしめてくださいました。なんて、馬鹿なことをしたのと。泣きながら、怒られてしまいました」
……でも、何年かぶりに、私を抱きしめてくださったのです。
嬉しそうに微笑みながら、ミランダはそっと目を閉じる。
「たくさん怒られて……そして、ありがとう、と。何も言わなくても、お姉様はすべてを理解されているようでした。痩せ細ったお姉様を抱きしめて、私もまた、泣いたのです――」
アルディリア国王陛下の子を孕み、そして捨てた、稀代の悪女ミランダ。
「ですが出立の日、お姉様ばかり称賛され、私はといえば皆に忌避されるばかりで段々腹が立ってきたので、お姉様の頬を思い切り平手で打ったのです」
お前は何をやっているんだ!?
突然の展開にクラウスが驚き、ミランダを抱く腕に力がこもる。
「お姉様の顔色が悪く、気になったのも事実です。どうも私の加護は、肌を触れ合わせる必要があるみたいで……手を握っても良かったのですが、せっかくなので景気づけです」
これくらいやらないと、割に合わないでしょうと、ミランダが笑う。
ついでに闘魂を注入して、元気にしたのだから、文句を言われる筋合いは無いはずだ。勿論、アリーシェを元気にするためと後付けで理由を話し、王の許しを得ている。
「事情を知る少数のものに見送られ、今回の協力の対価として、国王陛下から強奪……んん、拝領した禁書庫の写しなどを馬車に積み、私はアルディリアを後にしました。その後は簡単です」
眠くなってきたのだろうか、ふわぁと軽く欠伸をし、なおも続ける。
「祖国に戻るまで少し羽を伸ばそうと訪れた、アルディリアの国境近くで、帝国の勢力が拡大しているのを目の当たりにしたのです。私は慌てて大公国へ戻るや否や、辺境伯をけしかけグランガルドへと進攻し、従属契約を以て、庇護下へ入ることに成功しました。あ、でも進攻の発起人であることがすぐに発覚し、軍法会議にかけられたのですが、ねじ伏せました」
そこのところ、もう少し詳しく! と言いたいところだが、大好きな姉が登場しないターンに入ったため、ミランダ本人もあまり興味がないらしい。
「しばらくして、グランガルドから、人を小馬鹿にしたようなふざけた勅令が届きまして、お父様が私ではなく、末の妹を人質として行かせると言い張るものですから。義母……いえ、大公妃を含む大公宮の皆と共謀し、暗殺未遂事件を起こしたのです。そして裁判の末、本日ようやく陛下のもとへと辿りつきました」
面倒臭くなってきたらしく、大事な部分を大幅に省き、またもや欠伸をするミランダに、クラウスは何かを言いかけて……頭を一振りすると、ミランダを腕の中に閉じ込めるようにして、軽々と抱き上げた。
「分かった……今日はもういい。また機会があれば、改めて聞くとしよう」
誰かに抱き上げられるなど、幼子の時以来だろうか。
ミランダはそっと目を閉じ、すり、と甘えるように、クラウスの胸元へ頬を寄せた。
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