聖女ちゃんが強すぎる!
物真似モブ
第一章 二人の聖女
第1話 生意気令嬢と幽霊少女
『私のやってる乙女ゲーム、結構楽しいのよ? 今度持ってきてあげるわね』
ベットに寝込んでいる少女の傍で、点滴を入れ替えながら看護師はそう言った。顔は少女に向けなかったが、にこやかに口の端を吊り上げるのを少女は目にした。
『本当ですか! わたしちゃんは、聖女ちゃんが大好きなんです! 早く見たいなぁ…』
寝込んでいた少女は、顔を看護師のいる方向へ動かし、精一杯の笑みを浮かべる。口の間から白い歯を覗かせていた。
それを見た看護師は、声のトーンをあげながら口を開く。
『聖女のキアラもいいけど私は、悪役令嬢のポジにいる────』
・・・・・・・・
・・・・・
白く明るい空間に二人の少女が居た。ただ、真っ白。そこには、少女二人以外の何かは存在しなかった。
床に寝転んでいた少女
疑問は多々あったが、深夜は立ち上がり甘く香る菓子の匂いにつられ近づく。遠く離れてはいたが、歩いてみるとそうでもなかった。
『えっと、こんにちは……?』
『貴女、ここで何をしているの?』
『……私ちゃんにも分からないです』
少し考えこんだのち、肩を落とし困惑した表情を浮かべた。当然のことながら、見知らぬ場所で見知らぬ誰かといるのは不安である。もっとも、慣れたことではあるのだが。
もう一人の少女は少し考えこんだ後、純白のドレスの裾を掴み椅子に腰掛ける。そのまま見惚れるような所作で、手を差し伸べる。
『貴女も座りなさいな』
『あ、ありがとうございます!』
『紅茶も欲しければ作れますわよ?
ドレスの少女は、胸を張り誇らしげに張りながら問いかける。
すると、一人分しかなかった筈の椅子がもう一脚自分の側にあることに気づいた。
とりあえず椅子に腰かけながら少女のその問いに、首が取れるほどに上下に振る。その動きは、少女の眼に残像を残すほどだった。
『そ、そんなに意思を示さなくても大丈夫ですわよ?』
まぁ取れても大丈夫か——とドレスの少女は呟きながらお茶を手渡す。それを少々疑問に思いつつ、それを表情に出さないよう顔を綻ばせて受け取った。
ふーふー、といつかの動画で見たような小動物のような吐息をしながらカップを両手で持つ。そして手を扇のようにして匂いも楽しもうとする。所作はこれであっていただろうかと思いつつ、手を動かすのを止めない。
『こんなにおいしそうなお茶がのめるなんて。……それでここはどこなんですか? そしてあなたは誰でしょうか?』
『私の心の中ですわ。私の名前はヘメラ・イオラですわよ、魂に刻み付けなさいな』
『えっ』
深夜は、手に持った紅茶を落とした。
・・・・・・・・
・・・・
「待て! 娘にかけた呪術を解けッ」
同時刻、イオラ領内のとある屋敷は大騒動が起こっていた。
グロリア王国の中で、特に豊かで平和であると国中から言われるイオラ領からその日は平穏が消えていた。
『魔王を信仰する者が【聖女】へメラ・イオラの殺害を企み、呪術者はこの屋敷に潜んでいます』
『あ、あなたは、アバント様!? 何故今ここに……!?』
大騒動の起こる一時間ほど前、一人の女性が屋敷内へと立ち入った。
くすんだ金髪は肩まで流れ、金の瞳は好戦的な意思を見た者に感じさせる。腰に四本の刀剣を帯刀しており、鞘に入ったままでもそれらの迫力に屋敷内の人間は一歩後ろへ退いてしまう。
その女性の名は、先代【聖女】付アバント・クレイであった。
『いつの間に……』
『先ほどこの屋敷での邪悪な魔力を感じて、帝国から馬車を。あまりにも巨大な魔力故、連絡を送らずに参上したことをお許しください』
アバントのその言葉に、屋敷内はパニックに見舞われる。使用人達は右往左往し、犯人探しに躍起になった。公爵令嬢が危機に陥っていることもあるが、もう一つの要因から、早く犯人を見つけ出そうと混乱する。
その中で、執事長の息子が声をあげた。
『この女の事を知ってる奴はいるか! 親父、ご主人様たち、コイツはこの家の使用人ですか!?』
彼はヘメラの側付きであり、その体調の変化には一足早く気付いたが風邪などの病気だと考え薬や医者の手配を使用人たちと連携して行って居た。
その際に、メイド服を着用しているが見覚えのない女が目に入ったが、主の一大事なので一度スルーしていた。
そして医者を呼びだす準備を済ませたのち執事長である父親の元へ戻った折、アバントの声が耳に入ったのだった。
『! その女、呪術者です!そのまま捕まえ……』
『ちっ、離せっこのクソガキっ!』
『ぐはっ』
アバントに目をつけられた女は、手を掴んだ執事長の息子を二発殴り気絶させて外へと逃亡を図る。その際に黒く染まった札を投げ捨てる。
すると、ヘメラのいる部屋からうめき声と黒い靄があふれ出し始める。一度部屋から全員離れていたが、遠目でも分かるほど重く、光をすべて飲み込むような黒だった。
イオラ公爵は、執事長の息子手当てを使用人たち任せ公爵夫人とアバント、そして執事長の四人で呪術者を追い始めたのだった。
・・・・・・・・
・・・・
身体の外でそんな事が起こってるとはつゆ知らず。
『ふうん、つまり貴女は“にほん”という土地で生まれて、死んだと思われる。…そんな事ね』
『そうなんです。……信じるんですか? こんな話』
『普通の民なら信じないでしょうね。ですけど私は【聖女】へメラ・イオラ。神や魂の伝承なら何でもこの頭に叩き込んでますの! 私は、神の国々のことも把握済みですわ~!』
『おおっスゴイ』
『ええ、ええそうよ! もっと私を崇め奉り褒め称えなさいな! この、生まれながらの奇跡を! 神の代行者である【聖女】へメラ・イオラを!』
へメラは、またも得意げに胸を張り、それに、と付け加える。
『貴女は私の活躍が載っている“おとめげーむ”の話を知っているのでしょう? 私の未来の偉業が別の世界でも広がっているだなんて、もう笑いが止まりませんわ!』
『知ってるというか教えて貰ったというか……いやでもまさか本人に会えるなんて! お肌きれいだ〜! 小生意気可愛いー!』
立ち上がり隅々まで見回し褒める深夜の言葉に、へメラは気分を良くしていた。
初対面で自分を知らなかったくせに見る目が有るじゃないか——とヘメラは新しく作った茶菓子を振る舞う。
彼女の心の中らしいので、思ったものなら何でも作れるらしい。便利なものだと深夜は思うが、口には出さない。
『どうぞ、……えっと、名前を伺ってもいいかしら? 私の話ばかりで、貴女の事を聞いてなかったわね』
へメラはふと、そう尋ねた。確かに今までゲームの話をしていたが、自身の事は全く口に出さなかったことを思い出す。
名乗らないのも悪いかと、慌てて自身の名前を告げる。
『わ、私ちゃんは
『……? 私のお友達になりたいと言うことかしら、お喋りな死人さん?』
『えっ、ほんとう……じゃなくて!』
机をドン、と叩き深夜が立ち上がる。その顔は、引き攣りつつも覚悟を決めた目をしていた。
『私ちゃんはもう死んで…います? 死んだ感覚は無いですけど。でも、何故かへメラちゃんの心の中に来ちゃいました』
『謎よね』
『だから、えっと……少し言いにくいんですけど……』
口をつむぎ、人差し指を合わせモジモジとしだした深夜にへメラは眉をひそめる。机に、コツコツと指で叩き始める。
『早く言いなさいな、待たされるのは嫌でしてよ?』
『はい……! 決まりました!』
『私ちゃんを! ここで殺してください!』
今度は、ヘメラが持っていたカップを落とす番だった。
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