ドライブスルー彼氏

西羽咲 花月

第1話

それはいつもの学校風景だった。



なにも変わらない、乙女高校2年B組の教室内。



乙女高校という名前の通りここは女子高校で、周囲を見渡す限り女の子ばかりだ。



灰色のチェックのスカートに、灰色のブレザー。



その制服を少しでも可愛く着こなすために、ブラウスの第一ボタンを外してみたり、スカート丈を工夫してみたりと、みんな試行錯誤している。



そんな中、友人の矢江島琴葉(ヤエジマ コトハ)があたしに駆け寄ってきた。



琴葉は小柄で色白で、同年代にしては幼い顔立ちをしているため自然とみんなの妹のような存在になっていた。



「ちょっと聞いてよ里奈!」



琴葉は挨拶もせずにあたしの肩を両手でつかんでゆすってきた。



「どうしたの琴葉」



あたしは自分の席にカバンをかけながら返事をする。



琴葉の頬は高揚していて、目はキラキラと輝いている。



一見していいことがあったとわかる表情だ。



琴葉は両手を自分の口に当てて「聞きたい?」と、首をかしげて聞いてくる。



聞きたい?



と言うよりも、言いたいんでしょう?



と、心の中で思いながら「聞きたい」と、返事をした。



同時に琴葉は声にならない黄色い悲鳴を上げ、あたしの耳に顔を近づけた。



そしてこそっと……「あたし、彼氏ができたの!」と、耳元でささやいたのだ。



琴葉の言葉にあたしは5秒くらい機能停止していたと思う。



それからゆっくりと琴葉の顔を見る。



琴葉は満面の笑顔を浮かべ、しかも頬を少し赤らめている。



嘘を言っているようには見なくて、あたしはしばらく口をパクパクさせて次に言うべき言葉を捜した。



「そ、それ本当に!?」



祝福よりもなにもりも先に驚きが先立ち、あたしは大声でそう質問をしていた。



「里奈、声が大きい!」



人差し指を立てて眉間にシワを寄せる琴葉にあたしはあわてて小声になった。



「だって、昨日だって出会いがないって嘆いてたじゃん!」



ここは女子高校だ。



男の子との出会いなんてないし、道端で自分から声をかける勇気だってない。



そんなあたしと琴葉はずっと彼氏不足に悩まされていた。



といっても、それはあたしたちだけじゃない。



乙女高校に通う大半の生徒たちが男子と仲良くなる機会がなくて、毎日のようにうめき声を上げているのだ。



それがどういうことだろう。



琴葉に彼氏?



あたしから見ても妹のような琴葉に彼氏ができたと言う事実をまだ受け入れることができなくて、あたしはマジマジと琴葉を見つめた。



「だ、だって琴葉。昨日だって出会いがないって言ってたじゃん」



昨日のことだからまだ鮮明に覚えている放課後途中まで一緒に帰っていたとき、琴葉は何度も男子との出会いがなあいとか、恋愛がしたいということを口にしていた。



そしてあたしはそれに同調して一緒になげいていたんだから。



「あの時はまだであったなかったの」



「なにそれ。その後誰かと出会って、付き合い始めたって言うの? そんなことありえないでしょう?」



いくらなんでも展開が速すぎる。



いくら彼氏がほしいといっても、琴葉だって誰が開いてでもいいというわけではないと思う。



どちらかと言えば琴葉はカッコイイ男の子が好きだし、理想的な男子と出会えたとしても、そこから付き合うまでの期間は長くかかってもおかしくないと思う。



しかし、目の前にいる琴葉は意味ありげな微笑を浮かべている。



「それがね、理由があるの」



「理由?」



まさか、マッチングアプリとかだろうか?



アプリで出会うのって大丈夫なのかな?



琴葉は騙されたりしてないだろうか?



不安が募ってきたとき、琴葉があたしの腕を掴んで教室を出た。



「ちょっと、いきなり何?」



琴葉について廊下へ出て、あたしは聞く。



ひと気のない場所まで移動してきた琴葉はようやく足を止めた。



「実はね、ドライブスルー彼氏を使ったの」



こそっと耳打ちされた。



あたしは何度も瞬きを繰り返す。



「ドライブスルー彼氏? なにそれ?」



ドライブスルーと言えば持ち帰りの食べ物がすぐに思い浮かぶ。



それ以外にも最近は増えてきたみたいだけれど、ドライブスルー彼氏という言葉は始めて聞いた。



「ドライブスルー彼氏はね、街の外れにある小屋が使われてるの。車で小屋の周りをグルッっと一周して、帰るころには男の子を連れてるってわけ」



自信満々で説明する琴葉だが、聞けば聞くほど意味がわからなくなっていく。



「なにそれ?」



「小屋の外にはタッチパネルがあって、そこに男の子たちの顔写真と簡単なプロフィールが書かれているの。女の子はその中から理想的な男の子を選ぶだけ。もちろん、徒歩でも行くことができるよ」



つまり、本当に彼氏をドライブスルーのようにして購入することができる。



ということだろうか。



「でもさ、相手は人間なんだよね? そんなに簡単に彼氏になんてなってくれるの?」



時間単位とか、日単位で彼氏のフリをしてくれるのならわかる。



だけどさっきから琴葉が言っているのは、本当の彼氏の話なのだ。



「それはね、男の子は必ず1回デートをしてくれるんだよ。それからお互いにいいなって思ったらメッセージ交換をしてくれるんだよ。そうすればまたデートしてくれて、うまくいけば付き合うことができるんだよ」



「琴葉はドライブスルー彼氏とメッセージ交換をしたってこと?」



聞くと、琴葉はまた頬を赤く染めてうなずいた。



「そんなところで彼氏作って大丈夫なの? なんか怪しくない?」



「そんなことないよ。行ってみると案外普通なんだから」



琴葉はなんてことのないように言う。



そういうものなんだろうか?



「メッセージ交換をしてもらえなかったらどうなるの?」



「それは振られたって意味だよ。同じ男の子をドライブスルー彼氏で見かけても、もう出てきてくれないかもしれない」



それは手厳しいな。



相手がクラスメートとかなら、1度告白に失敗したって2度目、3度目のチャンスがあるかもしれない。



だけどドライブスルー彼氏ではチャンスは1度きりということだ。

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