第5話 現実見えぬお姫様
今日は火曜日だから商品出しの品物がいつも以上に多く、さらに特売日なのでお客様も多く繁盛している。
そんな日に丸浜さんは普段と違う難しい顔をして、おはようと小さな声で言う。私も敬語でそれに答える。
「あのさ、来週の日曜日にさつまいもと栗のしるこサンドを弊店で売るんだよ。君の店でも売るでしょ?売価は?」
「えっ」
私は思わず口籠る。なぜなら面接で採用が決まったとき、事務の人に
「他店の人にこの店の内部情報や個人情報などを言っちゃダメだよ!」
と口止めされていることが頭によぎったから。
丸浜さんの笑顔が硬いのもわかる。丸浜さんの本音も見えてきてしまった。嘘をついても丸浜さんならすぐにバレる。かと言って店の事実を競合店の社員に言えるわけがない。
隠していた自身の本来の月を丸浜さんは、また雲で隠した。そして、いつもの優しいポラリスの様な輝いた笑顔を繕った。
「すみません。こんなこと聞くんじゃなかった。忘れてください。じゃあ、また今度」
手を振って彼はいつものように颯爽と去っていった。
それ以来、丸浜さんは私が勤務しているこの店には顔を出さなくなった。
私は怖くなった。丸浜さんに嫌われたと思って。しかし、それよりも上の安堵感もある。丸浜さんにいつかは聞かれるであろうこの店の内部情報を言う義務はないということに対して。
もしかしたら、私にゲームを仕掛けてきたのは口実で、本音はユニゾンにとって競合店であるこの店の内部情報を聞きたかったのだろうと冷静に考えていた。
私はその晩、相馬にLINEで話したいことがあると言ったら、彼から電話をかけてくれた。
「どうした?なんかあったからLINEしてきたんだろ?」
相馬のこの優しさが愛しくなり、彼の代わりにクッションを強く抱きしめた。
そして、私は相馬に丸浜さんとの一部始終を話した。
「そんなやつ無視しとけ。詩澄美の優しさにつけ込んで競合店を潰そうとしてるんだから」
そこから先の相馬が語る丸浜さんの悪口を私はいつのまにか聞き流していた。
「だから、忘れろ!そんなやつ。詩澄美なら俺よりいい人に巡り合えるから。慌てるな」
ありがとう。そう言って私は電話を切った。
相馬の意見は正しい。でも、私のこの想いはどこにぶつけるのが正解なのだろうか。
目を奪う彼の無意識赤りんご
「かじるな」なんていまさら遅い
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