カエルの石
ある日のことでございます。
カエル様は大海の上で声高に叫んでいらっしゃいました。
「よいか、皆の者。当事者文学さえ流行らせることが出来れば、あの村の人たちにも光が当たりましょうぞ」
「御カエル様……!」
「いかにも、いかにも。ネットの海に沈んでいる無数の
両の水かきを握りしめ、カエル様は大海に浮かぶ船の上で実に踏ん張っていらっしゃいます。
「一体誰が物語を読みにわざわざネットの海を泳いでくるというんだい? ふっ。賞を取ったわけでも書籍化したわけでもない、ろくに流行りもしない物語を?? 答えてみろポッター!」
きっとお疲れになられたのでございましょう。
カエル様は演技をひと休みなさると、
「吐きそう」
「誰かあのカエルを黙らせろ!」
「あいつはいつも喋りすぎる」
「いったい何様だ」
するとカエル様は、悲しそうなお顔をなさりながら、船をぐるりと見回して、皆の様子をご覧になりました。
「おや、あの人は何処へ……?」
なんということでございましょう。
いつのまにか船員の数が減っているではございませんか。
「あの人ならこの前の港で降りましたよ。住みたい村を見つけたからって」
いまや航海のはじめから一緒だった人たちは片方の水かきで足りるほど、いや、ともすれば、残った人を数えた方が早いに違いありません。
「これは由々しき事態……」
カエル様は天を仰ぐと切に祈りました。
どうかこの夢見る役者たちに栄光があるように、この世に生きとし生けるものすべての役者に幸いあれと――。
それからカエル様は、黒曜石が突き刺さった聖書ほどの厚みがある本のボロボロの革表紙を、水かきでそっとお開きになり、なにやらしげしげと眺めていらっしゃいます。
あまりにうっとりと眺めていらっしゃるので、船員たちがひょいと覗いてみますと、くたびれた本だとばかり思っていたそれは、宝ものを隠すのにぴったりな、小物入れでございました。
名前もわからぬ本の中で、朱とも紫ともつかぬ不思議な色――まごうことなきティルスの紫が、きらきらと輝いているのでございます。
カエル様はそのほんとうに美しい丸い石を御水かきでお取りになると、大海の上にそっとお放ちになりました。
「デアエクスマキナ」
なにやら台詞をお呟きになったかと思うと、カエル様は星がきらめく凪の海をしばらく見つめていらっしゃいました。
ふと、そよ風が吹いて、水面にわずかな波紋が広がったかと思うと、丸い石は満天の星の影でゆらゆらと、揺らめきながら海の底へと沈んでしまいました。
しかし水面がいまだ赤くゆらめいているのは一体どういうわけであろう――?
カエル様が不思議に思って天を見上げると、天高く輝く一等明るい赤い星がありました。
今ごろ海のほとりには朝日が輝いているのでございましょう。
カエル様はゆらめく赤の彼方に一人の役者をお思い出しになりました。
束の間、緑に煌めいたあの
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