第166話 社畜、いろいろ知る(知られる)


「さて、ここからが本題じゃ。お主、この言語をどこで身に着けたのじゃ……?」



 アンリ様にはいったん社長室を退出してもらったあと。


 彼女が扉から出たあとすぐ、ソティが魔法少女姿に変身した。


 そして、そう尋ねてきた。


 この状況でわざわざ魔法少女に変身する意味は正直よく分からなかったが、自分の会社の社員がいきなり異世界人を連れてきたあげく流暢に異世界語を喋り出したら問い詰めたくもなる、というのは分かる。



 もっとも、彼女の俺を見る視線に敵意や猜疑心はない。


 あくまで真摯な眼差しだ。


 いや……『真摯』とは、少し違うな。


 何か、縋るような……祈るような目だ。


 さきほどまでの飄々とした態度はどこへやら。


 まるで触れたら砂のように崩れ去ってしまいそうな雰囲気だ。


 こんな様子の彼女を見るのは初めてだった。



「……とても重要なことなのじゃ」



 ソティはさらに言葉を重ねる。


 語尾が少し震えていたのは気のせいだろうか。



「あのアンリとかいう娘に教わったのかえ? それとも、別の者かえ? できれば、正直に答えて欲しい……のじゃ」


「…………」



 俺は少しだけ考えた。


 そして……誠実に話すことにした。



「異世界です」



 もちろん実際は、少し違う。


 俺が異世界の言語を話せるのは、『異言語理解』のスキルがあるからだ。


 だが、異世界で現地の人たちと交流したことで異世界の言語を話せることが分かったという意味では『異世界で言葉を覚えた』と言ってもギリギリ嘘にはならないと思う。


 ……ギリギリアウトかもしれないが、その場合は『嘘も方便』『誠実な嘘』とかそういうアレだ。


 とにかく。



「……そうかえ」



 ソティは小さく唸ってから、考え込むように目を瞑った。


 それから目を閉じたまま眉間にしわを寄せ、静かに呟いている。



「言語はかなり変質しておる。……が、特徴的な発音は覚えておるからのう。単語や言い回しにも、覚えがある。確かにお主とアンリ殿が話す言語は、ワシの知る『異世界』で間違いはないようじゃ」


「…………」



 発音はもちろん、細かい単語や言い回しなどのニュアンスは、……スキル『異言語理解』が良い感じに仕事をしているのもあって、ソティの知る『異世界語』と俺やアンリ様が話す言葉がどう違うのかは分からない。


 とはいえ、それをあえて口に出すことはない。


 切れるカードは多ければ多いほど良い。



「一つ、確認したいことがあるのじゃ」



 彼女は言ってから、目を開いた。


 視線は真っすぐ俺を見ている。


 けれども、その瞳はかすかに揺れていた。



「お主は何らかの方法で異世界に行き、帰ってきた。アンリという娘も、一緒に連れ帰ってきた。そうじゃな?」


「……はい」


「……うむ。もう一つ、確認じゃ。お主は何度、・・・・・・異世界へ行って、・・・・・・・・そして帰って・・・・・・きたのじゃ?・・・・・・


「…………」



 これについては、どう答えるべきだろうか。


 なんとなくだが、回数そのものは質問の本質ではない気がする。


 だから、あえて質問に答えず質問で返してみた。



「社長は、異世界へ帰りたい・・・・のですか?」


「……お主、ワシのことをどこまで知っておるのじゃ?」


「…………」



 質問に質問で返したら質問で返されてしまったが、カマかけは成功だろう。


 概ね彼女の欲している回答は分かった。



「そう多くは知りません。せいぜい、貴方が我が社の社長であること、強い力を持つ魔法少女であること、そして……おそらく見かけどおりの年齢ではないこと、それと……社長が、異世界からやってきた人間であろうことくらいでしょうか」


「……うむ。いかにも、ワシは異世界からこの世界へやって来た人間じゃ」



 ソティは否定することなく、あっさりと頷いた。


 まあ、ここまでの流れからとぼけられても困るけどな。


 とはいえ、きちんと答えてくれたのならば俺も誠実に応えるべきだ。



「……ならば、私も正直に答えます。社長のお察しの通り、私はこちら側と異世界を行き来する能力を保有しています」


「…………本当なのじゃな?」


「この期に及んで社長にウソは吐きませんよ。私も一応社会人の端くれですよ?」


「くく……社会人でもウソを吐く者はいくらでもおるじゃろうに」



 口調とは裏腹に、嬉しそうに笑うソティ。


 どうやら自分の欲する答えが得られたことで安堵したのだろう。


 さきほどまでの触ったら崩れてしまいそうな雰囲気から、幾分か持ち直したように見える。



「さて……お主がきちんと答えてくれたのならば、ワシの話もせねばならぬじゃろうな」


「まあ、お聞かせいただけるのであれば」


「お主……そういう態度は女子の前でせん方がよいぞ?」


「今は男女平等の時代ですよ、社長」


「フン、喰えんヤツじゃ! ……まあよい」



 そんなこんなで、ソティが自分の身の上を話し出した。


 あまりアンリ様を待たせてはいけない、ということで手短に、だったが。



 曰く、自分は異世界の人間である。


 異世界ではとある神に仕える巫女であったが、国が戦乱に巻き込まれ滅亡の危機に陥ったため、こちら側の世界に転移魔法で逃げ延びてきた。


 五百年以上も前のことだそうだ。


 まあ、ソティの言動からどう考えても百歳は超えてそうだと思っていたが……まさか戦国時代を経験していたとは。



 ともかく、ソティが使った転移魔法はとある古代遺跡から復元したもので、不完全だった。


 要するに一方通行でこちら側では再現ができず、帰れなくなってしまった、というわけだ。


 その後はこちら側に存在する妖魔などを退治しながら転移魔法の研究を続けていたそうだが、彼女の持つ魔法の知識では再現ができずに今に至る、とのことだった。


 魔法少女や魔道具などは、その研究の副産物だそうだ。



 で、そんな真っ暗闇の洞窟を手探りで彷徨うような状況の中、俺が異世界人を連れて現れた、というわけだ。


 俺はさておき、アンリ様についてはさぞかし後光が差して見えたことだろう。聖女様だけに。



 余談だが、ソティは今の姿……つまり魔法少女が本来の姿だそうだ(衣装は自前らしいが……)。


 まあ、普段の大人ソティは明らかに日本人顔だからな。


 そうと言われれば、たしかに合点がいく。



「…………というわけじゃ」



 話し終えたソティは、心なしか憑き物が落ちたようなスッキリした顔をしていた。


 もしかして、彼女は自分の過去や秘密を誰にも打ち明けられずに悶々とした日々を過ごしてきたのだろうか。



 まあ、そうだろうな。


 普通に考えて『そうです、私が異世界人です』とかカミングアウトしたら確実に変人扱いされる。


 ましてやソティはまがりなりにも一企業の社長だ。


 立場上、そんなことは絶対にできないだろう。


 うかつにバラしたら会社が傾く可能性だってある。


 さすがにこの時ばかりは、彼女に同情した。



 とはいえ、俺にも俺の事情がある。


 異世界を行き来することは打ち明けたが、それ以外を進んで話すつもりはない。


 そして、彼女がここまで自分の境遇を話してくれたその理由についても……聞いておかなければならないだろう。



「社長のお立場は理解いたしました。かなり立ち入った話までして頂けたのは、ありがたく思っております……ですが、ただ話を聞いてもらいたかっただけではないでしょう?」


「うむ。やはりお主は話が早くて助かるのじゃ。頭が切れる男は好みじゃぞ」


「そういうのは良いですから。それで……私に望むことはなんですか?」



 半ば予想しつつも、俺はソティにそう訊ねた。



「ぐぬ……まあ良い。お主にはお願いがあるのじゃ。これは、貸しとしてもらって構わぬ」



 俺のリアクションがイマイチお気に召さなかったのか彼女は一瞬顔をしかめたが、すぐに真剣な顔になり……こう言った。



「お主の力で……ワシを異世界に連れて行ってはくれまいか」




※今から五百年前あたりは室町時代~安土桃山時代ですが、廣井氏はもう35歳なのでもう正確には覚えていません。

 その辺りの年代はざっくり戦国時代くらいだったかなー? くらいの認識です。

 歴クラの諸兄におかれましては悪しからずご了承ください……

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