第130話 社畜、社員食堂を堪能する
三木主任との事後の打ち合わせ(という名の雑談)をしてからオフィスに戻ってくると、すでに時刻は正午を回っていた。
今日は急ぎの仕事もないし、このまま本社横にあるコンビニか、それとも駅前まで足を伸ばして蕎麦にでもしようか……などと思っていたら桐井課長に声をかけられた。
「廣井さん、たまには社食に行ってみませんか?」
「お、いいですね」
そういえば、社食――社員食堂は最初物珍しさで何度か行ったが、わりと混雑することが分かってからはコンビニ飯が中心になっていた。
課長は課長でランチに関しては複数の行きつけの店があるらしく(配属のあとすぐに一度だけ連れて行ってもらった)、普段はあまり社食を利用しないらしいのだが……
せっかくのお誘いだ。
たまには本社内でのランチもいいかもしれない。
というわけで、さっそく二人で社食へと繰り出した。
「久しぶりに来ましたけど、けっこう混んでますね」
「なんだかんだで早い、安い、美味いの三拍子が揃っていますからね。忙しいときはやはりここが一番ですよ」
本社ビルの三十階にある社員食堂はランチタイム真っ盛りなせいか本社スタッフでごった返している。
よくよく見ると、ちょくちょく顔見知りが。
というか、さきほど打ち合わせをしていた郷田課長が奥の方の席でドカ盛りのカツ丼をガツガツ掻き込んでいるのが見えた。
窓近くの席には三木主任の姿もある。
彼女はすでに食事を終えているようで、同僚と思しき女性たちとおしゃべりに興じていた。
どうやら両名とも、社食を利用するタイプのようだ。
それとも俺や桐井課長のように、たまたまだろうか。
二人ともこちらに気づいた様子はない。
昼時はリラックスタイムだ。
あえてこちらから声をかけることもないだろう。
「桐井課長、あっちの席あいてますよ」
「じゃ、そこにしましょう」
めいめい食事を注文してから、壁際のテーブルを確保して席に着く。
俺が頼んだのは、日替わり定食だ。
今日のメニューは
こういう丁寧な和食は男の一人暮らしだと作るのが手間なのでなかなか食べる機会がない。
もちろん街の定食屋でありつくことも可能ではあるのだが、社食にこの手のメニューがあるのならば、その
一方、桐井課長の注文したのはカツカレーの大盛りだ。
郷田課長のドカ盛カツ丼と比較すれば小ぶりだが、俺の定食のボリュームよりは多い。
本当に完食できるのだろうか……と一瞬心配になったが、さすがに残すつもりで大盛を頼むようなこともないだろう。
「いただきます」
「いただきます」
かなり腹が減っていたのは、俺も課長も同じだったようだ。
二人して無言で食事を口に運んでいく。
「……美味い」
久々の和食に舌鼓を打った。
これは……アリよりのアリというか、大正解だ。
甘辛く煮しめた鰯は舌で転がすだけで骨までホロホロと崩れ、噛めば噛むほど旨味が口内に広がってゆく。
揚げ出し豆腐の方も絶品といっていい。
上に載ったすりおろしショウガや刻みネギと一緒に口へ運べば、その鮮烈な香りと出汁の優しい旨味の相乗効果で思わず頬が緩んでしまう。
ご飯とみそ汁については言わずもがな。
「はふ……このカツ、この香ばしさはラードで揚げている……? やりますね。美味しいです」
桐井課長の頼んだカツカレーもなかなかの品だったらしく、顔を綻ばせながら夢中でスプーンを動かしている。
今までなんとなく敬遠していた社食だが、これはいつものローテションに組み込むことになりそうだ。
というか次は俺もカツカレーにしよう。
「ふう……ごちそうさまでした。今日は打ち合わせが大変だったせいか外に出るだけの気力がなかったんですが、ここに来たのは正解でしたね」
大盛カツカレーを無事完食した桐井課長はそう言ってから、満足そうな様子でお冷を一気に飲み干した。
「たしかに、今回の打ち合わせは妙に疲れましたよね」
たぶん、郷田課長の声がデカすぎたせいだ。
何か返答したりこちらから意見を出したりするのに自然とこちらも大声になってしまうせいで、気力と体力を消耗してしまったのだろう。
まあ、俺の身体能力のことを考えると消耗したのは主に『気力』の方だと思うが。
◇
「さて……休憩後さっそくで申し訳ないんですが、今から少し時間大丈夫ですか?」
昼食のあと。
オフィスに戻るなり桐井課長が切り出した。
食後のほんわかした様子からうって変わって、真剣な顔つきだ。
「もちろん大丈夫ですが……どうしたんですか?」
「今日の打ち合わせで話題に上がった怪人のことで、ちょっと思い出したことがありまして」
「なるほど」
その怪人は妖魔をチンピラに寄生させてみたり、街頭でこっそり妖魔入りの化粧品サンプルを配ってみたりと厄介なヤツだということは聞いている。
それとこの怪人が神出鬼没で居場所どころか姿をはっきり見た者すらほとんどいない、ということも。
「たしか、その怪人の潜伏場所が絞り込めたんですよね」
郷田課長はタレコミがあったと説明していたが、打ち合わせを他部署とできる程度には、すでに裏を取っていたらしい。
資料によれば、妖魔に寄生された連中の行動範囲や妖魔の出現率で絞り込んだ結果、駅裏商店街のとある空き家が怪しいと結論付けていた。
そこは数年前に元の家主が亡くなり無人になっていたにも関わらず、ここ数ヵ月の間に人の出入りが何度も確認されているようだ。
それも、禍々しいタトゥーを入れた男女だったり、フードを目深にかぶった怪しげな人物だったり。
そして決め手になったのが、空き家から出てきた『少年』の姿だ。
ただでさえそんな場所に子供が出入りすること自体が怪しすぎるのだが、配布された資料に印刷された写真では彼の眼球は真っ黒で赤い瞳をしていた。
それが怪人の特徴の一つだそうだ。
ただ、その子供が怪人だろうということまでは確認できていたが、蔦の妖魔を使役する以外にどんな妖魔を使役することができるのか、どの程度の戦闘力を持っているのかまでは判明していないとのことだった。
「実は……その怪人の正体に心当たりがあるんです。正確には、心当たりがありそうな人物を知っている、ですが」
桐井課長が少しだけ逡巡するような間をあけ、俺の目を見た。
「心当たりがありそうな人物、ですか」
「ええ」
頷いてから、桐井課長が壁際のキャビネットから一冊のファイルを取り出した。
表紙には手のひらサイズの魔法陣――魔導言語が描かれている。
内容は、『認識阻害』と『封印』だ。
つまりこのファイルはかなりの機密情報が含まれているということを意味する。
「まずはこれを見てもらえませんか。――『
桐井課長が魔法陣に手を当て、魔法を唱える。
一瞬だけパッと魔法陣が光り、すぐに元に戻った。
「これは、魔法少女の履歴書……ですか」
ファイルを開くと、そこには十代前半から半ばと思しき少女の写真や氏名、それに魔法少女になった経緯などが細かく記載されていた。
確かに、これは魔法的な封印が必要な書類のようだ。
そんな機密文書を、桐井課長がペラペラとめくっていく。
そして、とある魔法少女のページで手を止めた。
「ここです」
「これは……」
彼女が指さしたのは、とある中学生らしき少女の写真と魔法少女になった事件の詳細だ。
見覚えのある顔だった。
そして名前も。
ページの氏名欄には、『
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