第11話 形態変化
あれ?
俺確か、ボイルベアの胸に剣を突き刺したよな?
だったらなんで……。
――宙を舞ってるんだ。
「グハアッ……!」
宙を舞っていたコウは、やけに白い岩に体を打ち付けられた。
「痛……い」
ズルズルと地面に尻をつけると、コウの体が縮んだ。
左の脇腹に目をやると、大きな引っかき傷があり、血が流れていた。
「くっそ……」
前足による一撃で、遥か遠くまで飛ばされたようだ。
幸い、木々の間を飛んでいたので、無駄に怪我は増えていない。
【筋力増強】がなかったら確実に細切れだった。
ボイルベアの死への焦りもあったのも幸いだ。
「……少しでも傷を。"出せ"」
コウの手のひらに、先程採った薬草の葉が現れた。
傷に擦ればいいのか?
それとも"食う"のか?
「……"食え"」
手に持っていた薬草の葉6枚が、すべて消えた。
どうやらこの方法で正しかったようだ。
「ッ……ふぅ」
一瞬チクリとした痛みがあったが、ほんの少し、痛みが薄れていくのを感じた。
さすがに薬草の葉6枚じゃあこんなものか。
もう一度脇腹を見る。
傷は消えてないが、血は止まってる。
悪化することはなさそうだ。
「グオオオオオッ!!!」
ボイルベアの怒りの雄叫びが聞こえた。
きっとすぐにこちらに向かってくるだろう。
「マズいな……」
今の状態じゃ絶対勝てない。
【
いや、今は逃げよう。
もっと作戦を練らなければ……。
コウは岩に手を置き、よろよろと立ち上がる。
そういえば剣がない。
まだボイルベアの胸に刺さっているのか。
「……そのまま奥に突き刺せば」
まだ勝てる……?
どっちみち、この体じゃすぐ追いつかれるだろうし、やるしかないのか?
「ハハハッ、やってやるか」
あまりの無鉄砲さに、自分でも笑ってしまう。
これはほぼ賭けだ。
剣を奥に突き刺せたとしても、それが致命傷になるとも分からない。
「だとしてもやるんだ」
コウは覚悟を決めた。
その時――。
『なんだか面白そうな奴がいるなぁ』
「ッ……! 誰だ!」
突然、コウの耳に女の声が聞こえてきた。
男気勝る女の声だ。
『誰だも何も、お前が立ってる遺跡の
コウがバッと足元を見る。
草むらの下に、確かに石畳のようなものが見える。
「主だと? 神か何かか!」
『ああそうさ。飛び切り可愛くて強い女神様だぞ』
声色を変えてそう言った。
「……それで? 女神さまが一体何の用だ」
『まあそう言うなって。私はお前を助けてやろうかと思ってな』
「助けだと?」
『ああ。私が加護を授ければ、今の倍は強くなれるぞ。お前が苦戦している相手もイチコロだ』
「……」
信用していいのか?
何かの呪いの類じゃないのか?
「お前に得はあるのか?」
『まあこんな堅苦しい場所とっとと抜けてぇしな』
「俺が来る前に誰か来たんじゃないのか?」
『どいつもこいつもナヨナヨしてて話になんねぇ。だがお前は違った! 格上に一握りの希望だけを信じて勝とうとしている。ビビッと来たね』
「……」
もう時間がないな。
怪しさしかないし、別にいいか。
「手助けなんていらない。俺は1人で勝つ」
声を無視して、作戦を考える。
『……でも死んじまうぞ? ここから無傷で勝てる可能性はゼロだ』
「なんでそんなことが言える」
『その脇腹の傷。戦ったらまた出血するぞ。そんな状態でまともに戦えるわけない』
「だから今作戦を考えてんだろ」
勝つために、ボイルベアが来るまでのわずかな時間で思考を巡らせる。
『――ヒヒッ』
謎の女神が笑ったそのとき――。
コウの体が赤いオーラで包まれた。
「……は?」
『手が滑っちゃった~』
わざとあざとい声を出してそう言った。
「おい!」
どうやら、謎の女神の加護を授かってしまったようだ。
『まあそう言うなって。この【戦いの女神アテナ】の加護だぞ?』
「……は」
『ん?』
「はああああああっ!?」
『うるせぇな~』
【アテナ】だと!?
確かに遺跡があるという噂はあったが……。
こんな偶然あるのか。
「グオオオオオッ!!!」
「なっ……!」
『確実に捉えらえたな』
驚いてる場合じゃない!
「おい。お前の加護はどういう効果がある」
『言葉使いが悪いな~』
「早くッ!」
『はいはい……。私の加護の効果は、体の耐久力が上がり、力が増し、そして闘志がみなぎる!』
自信満々にそう答えた。
筋肉を魅せるポーズをしているのを想像できる。
やはり女神の力は頭一つ抜けてるな。
「――よし」
ステータス・呪いの甲冑。
【形態変化】
【モード:
『必要レベル』:10/10
『必要素材』
・決意のペンダント
『必要スキル』
・剣士の心得(取得済み)
・筋力増強(取得済み)
・アテナの加護(取得済み)
これで俺は……。
『?』
アテナは、どこか嬉しそうなコウを見て、ハテナを浮かべた。
「【形態変化・モード:
そう唱えると、コウの体は光に包まれた。
呪いの甲冑が完全体になったときと同じだ。
体に力がみなぎってくる。
光に包まれた甲冑が、次第に形を変えていく。
「これは――」
光が消えると、かなり甲冑の形が変わっていた。
肩回りが分厚くなり、胸から末端に向けて赤い線が描かれていた。
その中心の胸には、赤い核のようなものが埋め込まれていた。
『へぇ、そんなことができたのか』
【形態変化】
【モード:
・上級の剣士のような剣術を扱うことができる。
・身体能力が上がり、剣の刃も鋭くなる。
・本人のレベルが上がれば、比例して強くなる。
シンプルにそのまま強くなったということか。
これならいける。
この体も、少しの間なら全力を出せる。
全力がまだ分からないけど。
『おーい。やれるのか?』
自分の体を調べているコウに、アテナが聞いてきた。
「ああ。問題ない」
ボイルベアはすぐそこまで来ている。
「スゥ……よし。来いっ!」
「グアアアアアッ!!!」
コウが身構えると、ボイルベアの姿が見えた。
怒っているのか、毛の色が真っ赤に染まり、湯気まで出ていた。
木を体当たりだけで倒しているのを見ると、力も増しているようだ。
『よっしゃ行ってこい!』
アテナの言葉に応えるように、ボイルベアに向かって走り出した。
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