第10話 遭遇
「じゃあまた裏門から森に行くの?」
「ああ」
コウは町を歩きながら、この後の予定をアロナに話した。
「でも依頼の偵察って、何の依頼なの?」
「……それは秘密だ」
「そんな~!」
アロナは心底ガッカリしたような顔を見せた。
「まあ明日には分かるよ」
「……絶対危ないことでしょ?」
「うっ」
コウは肩を震わせた。
「本当気を付けてよ! いくら呪いの甲冑を着てても、命は1つなんだからね!」
「分かってる」
心配してくれるんだな。
本当に、優しい人に会えた。
「そういえば、この後の予定はないのか?」
「食料を確保しに行こうと思ってるよ」
「ふーん。そういえば、アロナも宿で寝泊まりを?」
「フッフッフッ。私はちゃんと一軒家に住んでるよっ」
「凄いな。今度見に行ってもいいか?」
「もちろん!」
俺も早く稼いで、アロナにお金を返して、衣食住を確保できるようにならないとな。
あっ、"衣"はいらないか。
「俺も頑張らないとな」
「あっ、言い忘れてたけど、依頼以外にもお金を稼ぐ方法があるよ」
「本当か?」
◇ ◇ ◇
「さてと……」
アロナと別れたコウは、偵察も兼ねたレベル上げをしようと思い、特訓していた森に来ていた。
裏門を通る際、モンとバンがボイルベアがいるから気をつけるようにと念を押してきたというきとは、この森にいることは合っているようだ。
「俺そんなとこで特訓していたのか」
多分、バンはボイルベアには勝てる見込みがあったんだろう。
なら俺でも勝てるのではないか?
「ぶえっくしゅん!」
「どうした?」
「今馬鹿にされた気がした!」
「?」
「――素材も集めたないとな」
コウは膝をつき、草むらを手で探り始めた。
『依頼以外で稼ぐ方法はね、素材を売ること』
『素材を売る?』
『その甲冑で、色々な素材を吸収したいと思ってるでしょ?』
『そりゃあまあ』
『でも今のレベルだと、吸収できる素材も限られていると思うんだ』
『それで吸収できなかった素材を売ろうということか』
『そうそう。大抵のものは【素材屋】で売れるから』
「【素材屋】か。素材の知識はないから先に行くべきだったかな?」
アロナが教えてくれたことを思い出していると、艶のある植物を見つけた。
「よし」
コウは丸みを帯びた葉を1枚ちぎると――。
「"しまえ"」
葉は手のひらから消える。
この状態で……。
「ステータス」
【名前】コウ
【性別】男
【職業】冒険者
【装備】
・呪いの甲冑
・鉄の剣
・決意のペンダント
【レベル】9
【スキル】
・剣術の心得
・筋力増強
・危機察知:レベル1
【持ち物】
・銅貨:80枚
・薬草の葉:1枚
「当たりかな?」
甲冑の収納機能を使って素材を調べる。
なぜこれで判断できるかの仕組みは分からないけど。
残りの葉も採ってと……。
「これ集めれば、多少は稼げるだ――」
「ウゥゥゥ……」
「ッ……!?」
背後から殺気を感じ取ったコウは、立ち上がって振り向いた。
「モンスターか……」
「ギャンッ! ギャンッ!」
そこには、黒くトゲトゲしい体毛に包まれた、四足歩行のモンスターがいた。
あの牙と爪には気をつけた方がいいか。
舌をハッハと見せびらかす口には、キラリと光る牙が見えた。
爪も鋭そうだが、牙の方が危険だな。
「スゥ……」
コウが剣を引き抜き、息を整える。
スキル:【剣術の心得】は、体に染み付く、
「ギャンッ!」
モンスターが飛びかかってきた。
「フッ」
正面からぶつかるのは危ないと考えたコウは、横に飛び退く。
「ハッ!」
コウはすかさず、モンスターの側面を斬る。
「ギャッ……!」
手応えありだ。
「クゥゥ……」
しばらくすると、モンスターはバタッと倒れ、動かなくなった。
「ふぅ……」
特訓してなかったら今頃……。
「ギャンッギャンッギャンッ!」
今の戦いで、モンスターの仲間が近づいてきているようだ。
数によっては逃げたいけど、あの牙は絶対素材になるよなぁ。
レベルも上げたいし、ここで怖気づいてたらボイルベアになんてとても勝てない。
「来いっ!」
ザザッという音を立て、茂みから、先ほどと同じ種類のモンスターが、3体飛び出してきた。
少し傷を負うかもだけど……。
「――いや」
ダメージを受けずに倒し切る。
これも特訓にする気持ちで行こう。
「ギャンッ!」
先頭のモンスターが襲いかかってきた。
3体が常に、視界に映るように動くよう意識する。
もちろん目の前のモンスターに集中しているので、周りはボヤけてしまうが、動きは予測できる。
「ハアッ!」
飛びかかってきたモンスターの爪に剣を振り当て、弾き返した。
「ん?」
右側から殺気を感じた。
コウは視界の右側に映っていたモンスターにピントを合わせる。
「ガアッ!」
そのモンスターは足に噛み付こうとしてきた。
「このっ――」
「ギャンッ!」
左からも殺気を感じた。
そのモンスターは頭を狙ってきた。
「クソッ……」
一度に対応できないぞ。
こういうときはっ!
『いいか。戦闘中、情報が多くてパニックになる可能性がある』
コウは、特訓中にモンが言っていたことを思い出した。
『そういうときは、物事を冷静に見つめるために一歩下がれ』
『下がる?』
『一歩だけでいい。そうすれば――』
「一歩下がる!」
コウは一歩下がる。
すると、再び視界にモンスターが2体とも映った。
見えるぞ。
一歩下がったことで、モンスターたちの攻撃にズレが起きた。
「フンッ!」
頭を狙ってきたモンスターを華麗に斬った。
「ギャウッ!」
足を狙ったモンスターは、勢いのまま踏み込み飛び込んできた。
コウはそれを見て、さらにもう一歩退いた。
「ハッ!」
こちらも無駄にない動きで、一撃で倒した。
「ふぅ……」
この戦い方はどっちかと言うと、カウンターに近いか。
「グルルルルッ……」
先程弾き返したモンスターが立ち上がり、様子を見ている。
「あと1体……」
「グルルルッ……」
お互いに、グッと構える。
「――ッ!? キャンキャンッ!」
突然、モンスターは弱弱しい声を上げた。
戦意を失ったのか、しっぽを巻いて逃げ出した。
「……え?」
逃げ出したモンスターを見て、コウはポカンとしている。
勝てないと思ったのか?
まあ他の3体とも一撃で倒したしな。
コウは剣を収め、倒したモンスターに近づいた。
「どれどれ……」
とりあえず、何もせずに持っていくか。
コウは倒したモンスターを担ぎ、町に戻ることにした。
1回はボイルベアを見ときたかったけど、戦いのコツも掴んだし、今日は帰ろう。
解体してくれる職人とかいるかな。
帰ったとき、門番の2人に聞いてみるか。
「……ん?」
何だ?
何か異変を感じたコウは、周りを警戒する。
逃げたアイツが仲間を呼んだのか?
いや、もっと大きい……?
「――まさか」
◇ ◇ ◇
【ダボルウルフ】
ランク:D
詳細:四足歩行のモンスターで、黒くトゲトゲしい体毛に包まれている。牙と爪が鋭く、駆け出しの冒険者が大怪我を負わされることが多い。匂いや気配に敏感で、圧倒的な強者の気配を感じると、しっぽを巻いて逃げ出す。
コウは森の外に向かって走り出していた。
あの気配……ッ!
「アイツと戦わなきゃいけないのかよっ!」
ダボルウルフを3体も担いで走っているので、あまり速度は出ていない。
少しずつこちらに近づいてるのを感じる。
「ハッ、ここはっ……」
走っていると、切り株がいくつかある場所に出た。
アメグモの巣があったところだ。
ということは、外が近い!
「このまま逃げ切れ――」
ゾワッとした悪寒が走った。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ」
速度が増した!?
位置を捉えられたのか……ッ?
「とにかく走らなければ……」
決意のペンダントをギュッと握り、再び走り出す。
かなり恐怖心が拭われた。
「ハァ、ハァ、待てよ……」
コウは足を止めた。
このまま森から出ても、追ってこない理由がないとは言いきれない。
町が襲われ……いや冒険者が多いしなんとかなるか。
いや、何か理由を探すのはやめよう。
コウはダボルウルフを放り、気配を感じる方角に体を向ける。
恐怖心が凄かったが、このペンダントのおかげで気づいたんだ。
俺はアイツと戦ってみたい。
「ステータス」
【名前】コウ
【性別】男
【職業】冒険者
【装備】
・呪いの甲冑
・鉄の剣
・決意のペンダント
【レベル】10
【スキル】
・剣術の心得
・筋力増強
・危機察知:レベル1
・気配察知:レベル1
【持ち物】
・銅貨:80枚
・薬草の葉:6枚
恐怖心だけで、【気配察知】のスキルを手に入れてしまった。
それほどの強敵。
コウはモンスターが来る僅かな時間で、作戦を練ることにした。
◇ ◇ ◇
「フゥ……よしっ」
作戦を立て、準備を整えたコウは、モンスターが来るのを待った。
すでに近くまで来ており、木をなぎ倒しながら走ってきているのが、音でも伝わる。
さっき倒したあの3体を餌として食い始めたら作戦開始だ。
気を付けることは、【気配察知】はまだレベル1だから、自分より近い距離じゃないと生物の気配を感知できない。
もし感知系のスキルをかいくぐるスキルがあると対抗できない。
地響きのような足音がピタッと止まった。
特に、このモンスターの相手をしているときは、周囲に気を付けないとな。
コウが木の陰から見つめる先の茂みから、赤茶色の毛で覆われた、コウの二回りも大きな体のモンスターが現れた。
アレがボイルベア……。
「うっ……」
ひどい匂いだ。
どんだけ殺して食ったんだよ……。
ボイルベアは、ダボルウルフの死体を見つけると、匂いを嗅ぎ始めた。
やはり血の匂いに敏感なのか。
まだ新鮮な肉だと判断したのか、ダボルウルフをバリボリと食べ始めた。
いとも簡単に肉と骨を砕く歯。
嚙まれたら終わり……。
いや、どこの部位からも死ぬイメージが見える。
「スゥ……フゥ……」
だが、それは正面から戦った場合だ。
頭を使って倒す。
まあ最後には、自分の力で戦わないといけないけどな。
深呼吸をしたコウは、剣を抜いた。
隠れていた木を標的として、剣を構えた。
「――せーのっ!」
コウは剣を木に叩きつけた。
木は斬れることなく、振動だけが響き渡った。
「グゥゥ?」
ボイルベアも食事を一度止め、周囲を見渡した。
「さあ降り注げ!」
「キシャ―ッ!」
剣で叩きつけた木の上から、アメグモの群れが降り注いだ。
この木はアメグモの巣だったのだ。
巣を守る防衛本能を利用すれば、ボイルベアにも果敢に攻撃していくと思ったが、読み通りだな。
「グゥアッ! ガアアアアッ!」
体を無数に嚙みつかれたボイルベアは、のたうち回るように抵抗し始めた。
「そしたら――」
コウは姿を現した。
しかしボイルベアは、アメグモに夢中で気づいてないようだ。
「【筋力増強】ッ!」
コウの体が若干膨らんだ。
すかさず剣を構えた。
「フンッ!」
アメグモの巣だった木を目掛け、横方向に剣を振った。
――ゴゴゴゴゴッ
少し間を置いて、真っ二つに斬れた木が、ボイルベアがいる方向に倒れ始めた。
「ガアアアッ……ッ!?」
ボイルベアが倒れてくる木に気づいたがもう遅い。
「グアアアアッ!」
木は見事に命中し、ボイルベアは下敷きになった。
「キシャーッ!」
まだ半数のアメグモは残っており、下敷きになったボイルベアに噛みついている。
「よしっ!」
順調だ!
全部が作戦通りだ。
コウは【筋力増強】を維持しながら、ボイルベアに向かって走り出した。
「グッ、ガアアアアアッ!!」
下敷きになっていたボイルベアが、雄叫びと共に倒木を押し退けた。
「くっ……」
思ったより早い。
だがそれも想定内。
「ハアアアアッ!」
コウは足を緩めることなく、そのままボイルベアの胸元に飛び込んだ。
「ガッ……」
――ザシュッ
コウが両手に握った鉄の剣が、ボイルベアの胸を突き刺さった。
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