第二十八話.大蛇はたいしたもんじゃ
青白く光る銀髪に紅瞳の麗人が現れる。一つ異様なのは腰の下から伸びる二本の尾。間髪入れずに蛇の尻尾が迫る、上から下へと叩きつけられるそれを僅かに身体ごとスライドして避けてみせた。ついでに薙ぎ払われた枯れ木がそこかしこに飛び散る。
「うわあ!」
危ない、ルシアがマヤを小脇に抱えて遠くに走って逃げる。まるで親猫が猫の子をくわえて運ぶように大人しく連れて行かれていく。
「よけて」
「ええ!?」
右後方から落石。大蛇が思うがままに暴れるので土も石も何もかもが巻き込まれて宙に放り投げられている。間一髪それらを避けてルシアは走る。横目に見えるのは、キツネが一人で大蛇の頭と睨み合っている姿。蛇が大きく口を開けて呑み込もうとするも、宙に舞う木の葉のようにひらりとかわす。
「狐火」
透き通る声でキツネが言った。彼の周りに三つばかり青白い火の玉が浮かび上がり、それぞれが大蛇の身体に命中する。ぼわっと火の粉をちらして蛇の鱗を焼いていく。たまらず身をよじるが、地にこすりつけても炎は消えない。怒った大蛇がもう一つ身体を震わせて、大きく息を吸い込んだ。
「ゴォ!!」
喉の奥から地の底に響くような轟音、それとともに赤黒い炎のような何かが大蛇の口から放たれた。うねるようにキツネに向かう。感情を感じない冷たい表情のまま、キツネは自らに向かってくる悪意の塊に右手を振り抜いた。つゆに濡れたような爪先が虚空を切り裂くと、その隙間に大蛇の炎が吸い込まれて消える。同時に蛇の右目がぱっくりと裂けた。ぱあっとドス黒い液体を撒き散らしたと思うと、仰け反りながら悲鳴を上げた。
「シャア!」
大蛇は短く唸り声を上げると、長大な胴体を引きずって反対の方向へ逃げていった。かなりのスピードで、走って追いつけるようなものではない。
「逃げていきますね」
「うん。でももうおわり」
マヤがこたえた。キツネは何も言わないまま、大蛇の逃げた方向にずっと視線を残して立っている。
「終わり?」
「うん。にげられないから」
「もう見えないですけど……」
「きつねびは、きえない。どこまでにげてもいっしょ」
狐火とは、先ほど彼が放った炎の名前だ。決して消えない青い炎。しばらく明後日の方向を見たままだったキツネが振り向いた。同時に尻尾が消えて一本になる。その姿もいつもみるキツネの姿に戻った。
「終わったぜ、確認に行こう」
そういいながら、彼は地面に突き立ったままの愛剣を拾い上げて鞘に収めた。どこに行ったかもわからないが、どうやら大蛇を仕留めたらしい。
「狐火って消えないんですか?」
「消えないよ」
「土の中でも?」
「消えない」
「水の中は……」
「燃え続ける」
「なるほど」
どうやら特殊な火らしい。くらった方はたまったもんじゃなさそうだ。
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