第2話 中編-A 初出撃の刻

 佐藤に案内された部屋には、緊張感が漂っていた。小隊員のリオンとシエラもすでにそこにいた。テーブルに向かい合うように配置された座席に、司令や軍幹部と思しき関係者が着席している。部屋の中には沈んだ雰囲気が広がり、時間が停滞しているかのようだった。


「遅くなりました」


 英司が一言告げると、一番奥に座っていた司令が右手で正面に座るように促す。司令に指示された席に着くと、佐藤がその横に座った。アリスが入り口に一番近い席に座るのを確認すると、司令は話を始める。


「先ほど11時52分。撤退を開始していたイヴァーツクの第3師団から急襲を受けたと連絡が入った。イヴァーツクは人口30万の都市だが、3ヵ月前から解放戦線との激戦地になっている。撤退に伴い希望する現地住民の避難を支援していたところ攻撃を受けたようだ」


 司令の言葉に合わせて、モニターには基地とイヴァーツク周辺の地図が映し出される。イヴァーツクはここから北東に約50km離れた場所に位置していた。この瞬間、胸にざわめきを感じた。


「その後、幾度か支援要請が来たが12時30分以降、現地からの連絡は途絶えている。敵からの強力な電波干渉によるものと考えられる」


「司令、イヴァーツクでの部隊の生存状況および敵の規模はどうなっていますか?」


 俺がそう尋ねると、司令は厳しい表情を浮かべて答えた。


「現時点では不明だとしか言えん。偵察用ドローンを放ったが撃墜された。ただし、1つ言えるのは我々は彼らをそう簡単に見捨てる訳にはいかん、ということだ」


 そして、司令はこちらの部隊の面々を見つめた。


「今回の任務はイヴァーツクから撤退する部隊の支援と、避難する市民の安全確保だ」


 心に、不安がより強く襲いかかった。部屋の雰囲気はますます緊迫していく。司令は小隊に向けて話を続けた。


「この任務は危険を伴う。だが、君たちにしかできんことだ」


 司令の横に座っていた副司令が口を開いた。


「我々としても救援を差し向けたいところだが、戦線整理に手一杯で動かせる予備部隊がいない状況だ。だが、君たちの部隊なら……『アレクトール』を持つ君たちなら発進して5分足らずで、現地に着くことができる」


「それが本来の運用方法でもある」


 司令が付け加える。額に冷や汗が伝うのを感じたが、平静を保ちながら、「任務、了解しました」と答えた。


「貴部隊の健闘を祈る。以上、解散」



 _______

 会議が終わり俺たちが格納庫に向かうと、ザックが既に各機体の最終確認を行っていた。


「出撃に問題はないか?」

「ええ。でも一点だけ耳に入れておきたいことが……」

「何だ?」

「前回の隊長の戦闘データを解析したんですがね。そこで逃走した敵機体のうち、1機のパイロットが判明したんです。なんと、米国AF特殊作戦部隊キラー・エリートの生き残りです」


 それを聞いて、バル・ベルデ紛争が脳裏をよぎった。キラー・エリートは米軍の中でも軍需産業と近しい連中が私的に運用していた特殊部隊だ。主に表に出せないような汚れ仕事を専門としていた。かのバル・ベルデ紛争にも一枚噛んでいて、俺は連中との交戦経験があった。できれば二度と相対するのはごめんだ。

 ザックは資料が表示されたタブレットをこちらによこした。そこには金髪の中年男性が写っている。


「名前はコリン・ハース。あの中東の作戦にも参加したヤバいやつですよ。もう歳は50にもなろうって奴です」

「わかった。ザック、もし時間があればでいいんだが、そいつが現れた時にモニター画面に表示が出るようにしてほしい」


 キラー・エリートの連中を相手にしなければならないかもしれないのだ。慎重に越したことはない。


「了解です。他にご要望は?」

「大丈夫だ」



 _______

「各員、傾注」


 俺はコックピットに搭乗すると、モニターに現れている部下4人に言った。指示を聞き入る姿勢になったことを確認すると、部隊ブリーフィングを開始する。


「発進後、アリス機が俺を輸送する。ダイヤモンドフォーメーションをとり、イヴァーツクへ急行。通信可能な郊外で変形を解き、歩行形態で状況を確認しながら市内へ侵入する。当面の目標は第3師団司令部、ないし指揮部隊と連絡を確保することだ。その後、師団隷下で指示を受けて行動する」


 一度、ここで言葉を区切る。そして、やや声のトーンを下げて続きを口にした。


「第3師団と連絡がつかない場合、あるいは師団そのものが壊滅していると判断した場合は、部隊を二分する。俺とアリス機は前進して状況把握。佐藤はリオン、シエラとともに、師団の残存兵や避難民の郊外への誘導を行え。この場合、作戦時間は最大2時間とする。再集結地点は、到着時の郊外ポイントアルファだ。。いいな」

「了解」


 残酷な命令に、新兵の返事には不満の色が混じっていた。気持ちは分かるが不服なまま任務を遂行するのは良くない。


「……なにも見捨てるわけじゃない。再集結後、司令部に状況を報告し、指示を仰ぐ。そこで命令が変更されれば、作戦は続行だ。いずれにしろ敵の規模も分からない。無為に突っ込んで泥沼に嵌まる愚を犯したくない」


 この補足で、こちらの意図は呑み込めたようだ。ひとまず迷いが晴れた各々の顔を見て、最後は激励の言葉で締めた。


「これが俺たちの初陣だ。ここは地獄のような激戦地だが、俺たちなら必ず任務をやり遂げて、全員でここに帰ってこれる。自信をもって行動しろ」

「了解!」


 今一度の返事は、不安を吹き飛ばそうとするかのような威勢をもって発せられた。敬礼を交わすとウインドウが消滅して、俺は独り発進準備に取りかかった。



 _______

 俺はアルテミスを操縦して出口に向かう。アリスから順にそれに続く。


 倉庫を出ると、俺たち小隊は横一列に並んだ。いよいよ出撃のときだ。


「バシルクフ管制塔タワー、こちら独立AF07小隊、麻倉英司大尉だ。離陸準備完了」

「独立AF07小隊、こちらバシルクフ管制塔。離陸機用周波数に変更せよ。空域クリア、滑走路5の離陸を許可する」

「周波数変更了解、滑走路5で離陸する」


 事前に決めていた通り、アリスから順に発進する。ズシンズシンと音を立てながら、アリス機が滑走路に侵入した。航空機なら滑走路をタキシングして離陸するが、人型形態の『アレクトール』は違う。


 滑走路上のアリス機の脚部とバックパックのスラスターが轟音をあげながら、火を噴き始める。そして膝を軽く屈伸させて、跳躍すると宙に飛び上がった。空中に舞い上がると、うずくまるように腕部と脚部を胴体下部に折りたたみ、バックパックの主翼を展開させ、戦闘機を思わせる飛行形態に変形する。


 「離陸成功、基地上空を旋回し待機します」と無線が入ると、リオン機が待機位置から移動を始める。リオン機が離陸するとシエラ機、佐藤機の順に空に飛び立っていった。


 いよいよ俺の番だ。滑走路に入り、レバーを操作して重力装置の出力を上げる。機体が浮かび上がり、徐々に上空へと突き進んだ。


『アルテミス』は重力操作装置によって浮遊及び飛行が可能だ。だが、飛行速度は『アレクトール』にはるかに及ばない。そのため、アリス機に輸送して貰う必要があった。

 

 一定高度に達すると、後方からアリス機が進入して、機体の背面からAF輸送用のグリップが展開された。俺は『アルテミス』の右手でそれを掴む。


「アリス、準備OKだ。イヴァーツクに向け発進!」


 アリス機を先頭にダイアモンドフォーメーションを組む。アリス機の左右斜め後ろにそれぞれ佐藤機とシエラ機、一番後ろにリオン機が移動する。各機を頂点として、ひし形が形成されると、『アレクトール』のスラスターがアフターバーナーを吐き出し、たちまち最大速度に達した。


 目的地であるイヴァーツクまで今から5分もかからない。街や森を一瞬で通り過ぎてゆく。飛行中は全員一言も口を聞かなかった。まるで嵐の前の静けさだ。戦闘シミュレーションを回想していると、前方に山が見えてきた。


「あの山の手前で着陸する。全員準備しろ」


 そう伝えた時だった。ロックオンアラートが鳴る。俺は対空ミサイルだと考え、とっさに前方にエネルギーシールドを展開した。


 刹那、機体に激しい衝撃が走る。後方のカメラに黒い物体が飛んでいくのが一瞬映った。それがグリップを握っていた『アルテミス』の右腕だと気付くのに俺は遅れた。


 アリス機との接続を絶たれた『アルテミス』が、破断された断面から細かなパーツを撒き散らしながら落下していく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る