第1話 後編 緊急発進
「大尉、前方で戦闘です。規定に従い回避します」
機内に機長の冷静なアナウンスが流れ込んできた。
俺は腕時計型端末の時計をちらりと見る。出発から3時間が過ぎていた。
仮眠はもう十分だ。俺は軽く眉間をつまむ。俺は席を立つとコックピットのドアをノックした。するとロックが解除される音がしたのでドアを開ける。
「無線を流してくれ」
機長は何用かと尋ねる顔をしていたが、俺の言葉に頷きながら無線をオープンにした。ノイズ混じりの悲鳴が無線から漏れ聞こえる。
「こちら東欧AF第5小隊!付近の友軍、救援を乞う!繰り返す、救援を乞う!武器解放戦線の攻勢だ!」
無線の声の後ろでは、銃声やミサイルの発射音が激しく鳴り響いている。その音が混沌とした戦闘の情景を生々しく伝えていた。
どうするのか、と視線で問いかける機長に対し、レシーバーを渡すよう手を伸ばす。レシーバーを受け取ると、俺は現状を確認するため、簡潔な質問をした。
「こちら輸送機クレイン2-1S。敵の総数、並びに機種は?」
「輸送機……ありがたい!増援に向かえるか?」
「質問に答えてくれ、敵の総数と機種は?」
砂漠でオアシスに出会ったような歓喜の声に、少し苛立たしさを含ませて俺は返す。すると、レシーバーから軽く咳払いが聞こえ、幾分か低い声音で回答が来た。
「『トルーパー』タイプ1個中隊以上。うち汎用仕様2小隊、後ろに
『トルーパー』はアメリカが開発した量産型の傑作機である。様々なオプションを装備することで陸だけでなく空や宇宙などにも対応可能で、装備できる武装も豊富だ。
「了解。あと5分持ちこたえてくれ。救援に向かう。先に後ろを叩いてから、そちらと前衛を挟撃する」
その返答に機長と副機長は驚きの表情を浮かべた。
「待ってくれ!せめて1個小隊こちらに寄越してくれ。このままじゃ5分も保たない!」
「悪いが増援は俺の1機しか出せない」
それだけ告げて、レシーバーを機長に手渡す。無線からは、1機では無理だとか、勝ち目がないとか、そのような声が絶え間なく響いている。しかし、もはや議論する時間は残されていない。
「聞いての通りだ、機長。砲兵仕様がいるなら、高度を下げれば敵に撃墜される可能性がある。現高度から降下する。速度を固定して水平を保つように。投下直後の重量変化には十分注意してくれ」
「この高度でか?あんたの機体は輸送のみで、空中投下は想定してないんだぞ!?パラシュートすら無いのに自殺行為だ!!」
俺は扉に手をかけ、僅かに口の端を吊り上げて、機長の苦言に答える。
「機長。それは不要な心配だ」
コックピットの扉を閉じると、足早にキャビンから貨物室の扉へ向かいながら、事態を見守っていたザックに声を掛ける。彼は機敏に振り返り、緊迫した表情で私を見つめた。
「出撃することになった。
俺は急いで尋ねる。
「いや、まだです。最終調整が済んでいません」
と彼は即座に答えた。ここまで短い期間でアルテミスを調整してもらっていたため、この程度のことは想定内だった。
「ならば使用できるのは刀のみか」と独り言を呟くと、後ろにある貨物室のドアを開ける。そこにはアルテミスが仰向けに固定され、左に日本刀の形をしたAF用長刀を
指紋認証で機体を起動し、シートベルトを締める。そして両腕に機体の腕部と連動した動きを可能にするトレース装置を取り付ける。
『各種システムオンライン。
こちらが操縦の準備を行っていると、音声アナウンスがコックピット内に流れた。そこで無線のボタンを押す。
「小隊各員に告げる。俺はこれより単独で味方部隊の救援に向かう。敵を撃退後、下の味方部隊と合流ののち、目的地に向かう。しばしの別れだ」
ひよっこたちをこのような想定外の状況に巻き込むわけにはいかない。彼らは「了解」と返事したが、内心では出撃したいなどと考えているだろう。しかし、現地の情報が限られている戦場は、彼らにとって非常に危険だ。
「機長!出撃準備完了だ。ハッチを開けてくれ。私が降下後は速やかに退避するように」
「了解した。格納庫内、人員退避完了。ハッチオープン。固定装置解除……グッドラック!」
機長の
高度1万メートルからの降下開始。俺は緊張と興奮が入り混じった心境で操縦桿を強く握る。人がそうやるように、機体を水平に保ち時折手足を駆動させて降下ポイントへのルート調整を行いながら、グングン降下。このまま落ちれば機体は原形を留めないほどバラバラになるだろう。
数十秒間の滑空の後、高度3000メートルに到達した。その瞬間、俺はエンジンの出力を上げる。エンジンの出力をギリギリまで抑えたのは敵に感知されないようにするためだ。
そして、ここで登場するのがアルテミス特有の重力操作システムだ。重力操作装置は一般の機体にも搭載されているが、この機体は違う。一般の機体が重力操作とスラスター制御のハイブリッドなのに対し、この機体は重力操作装置1本で姿勢制御から飛行までを行うのだ。装置のスイッチを入れると、まるで体が宙に浮かぶような感覚に包まれた。重力が消失し、パラシュートもなしに機体は急激に減速した。初めての感覚に体が戸惑うが、そんなことを気にしている暇はない。
重力制御がうまく作動したことを確認すると、レーダー起動、走査。ドンピシャ。ナガモノ3機と護衛2機が画面に
敵の護衛機2機がこちらの存在に気づき、慌ててAF用アサルトライフルでこちらに銃撃して弾幕を張る。空中を舞い、まるで狂った蜂のように飛んでくる弾丸を躱しながら、砲兵仕様の1機に向かって真っすぐに降下した。そのまま狼狽する砲兵仕様の上に着地、腰から抜刀し頭部からコックピットまでを一息に貫いた。
砲兵仕様の機体が無力化されると、その機体を踏み台に銃撃を続ける敵護衛機の近くにジャンプ。こちらとの距離を取ろうとする敵機との間合いを詰め、刀で横一文字に切り裂いた。上半身が宙を舞う。
そして敵護衛機が1機やられた隙をついて、近くにいた敵の砲兵仕様を袈裟斬りで両断した。
3機撃破も束の間、残りの砲撃仕様が大口径の主砲をこちらに向けてくる。ロックオンの警告音がコックピットに響き渡る中、重力装置の出力を上げ、高機動モードに切り替える。敵の砲弾が発射されると同時に横っ飛びで回避。
砲弾はその後何発か発射されたが、
砲撃機で対応できないことを悟ったのか、護衛機が機銃を乱射しながら、こちらに接近してくる。その片手にはAF用のコンバットナイフが握られていた。
俺の機体は銃撃を受けながらも、その装甲は驚異的な耐久性を見せた。草薙さんから事前に聞いていたとはいえ、恐るべき装甲強度だ。AF用マシンガン程度では傷つかない。となれば気にすべきはナイフのほうだ。AFの装甲は銃弾などの瞬間的な衝撃には強いが、近接武器による持続的な衝撃には弱い。
そのまま敵機に刀の切っ先を向けて構えをとったが、そこで敵機はナイフをこちらに向かって
操縦席の警告音が鳴り響く。視線を上げると、目の前に迫るのは直撃を予感させる大口径の砲弾だった。
________
砲撃機のパイロットはコックピットのモニターを注意深く見ていた。
放った砲弾は敵新型機に確実に直撃した。その証拠に敵機がさっきまで立っていた場所には黒煙の煙が立ち上っている。
「急に現れてビビらせやがって、クソッタレが!」
自慢の122mm砲の直撃だ。爆炎の下で屑鉄と化した敵機を見るだろう、と確信した。今までこの砲弾が命中して無事だった機体は存在しない。
戦争が始まってから装甲車、戦車、軍用ヘリ、AFを両手足の指の数を合わせても足りないくらい葬ってきた。それらは砲弾が命中すると木っ端微塵に吹き飛ぶ。おそらく先ほどの機体も、コックピットの中でパイロットがミンチになっているに違いない。今回もこれまでと同じだ、と感慨にふけろうとした時だった。
警告音がコックピット内に響く。アダマント反応あり、ということだ。
「何だ!また増援か!?」
そう思い画面を見ると反応は前方、ちょうど黒煙が上がっている場所からであった。
「そんな……馬鹿な……」
一瞬、現実と夢の区別がつかなくなる。だが、目の前の出来事が現実だと確信し、砲弾を発射しようとした時だった。接近アラームが鳴り響き、機体がガクンと揺れる。気付くと画面に砲身破損と表示されていた。
「なぜなんだあああああああ!」
その叫びも空しく次の瞬間、体にすさまじい衝撃が走った。
________
際どいタイミングだった。
シールドの前面集中展開。
たいていの銃撃なら通常出力のシールド張れば事足りるが、今回は一撃でAFを粉微塵にできる大口径砲の直撃だ。無効化は蓄積したエネルギーを全消費してようやく可能なレベルであった。2度目を放てる余裕はしばらくない。その証拠に先ほどからエネルギーの残量を示すエンプティーランプが点灯していた。
「東欧軍AF第5小隊へ。予定通り後ろのナガモノ部隊は処理した。機体のエネルギーが回復次第、挟撃に移る」
「了解。何てことだ……たった1機で……」
味方は返事をしたものの、どうやらこちらの状況に驚愕したようだ。
それから約30分後、前衛の5機を挟撃作戦で破壊し、残りの敵機は撤退を余儀なくされた。
そこで無線が入る。
「今回は助かった。恩に着る。そう言えば名前をまだ聞いていなかったな。いったい何者なんだ、アンタ……?」
「今回東欧方面軍へ配属となった第07独立AF小隊の
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