悪魔の契約 ー 召喚

 土曜日。

 蒼馬の招集で、勇作、美波、翔子は白鳥家にきていた。

「今日はどうしたんだ? 俺たちだけ呼んで」

 ソファーに座った刹那、勇作が聞いた。

「これを見てくれ」

 蒼馬が本を出した。薄汚れた茶色のカバーで、A4サイズの大きさだ。

「なんだこれ」

 表紙は何語かわからない文字で書かれていた。

「この前、文化祭に来てくれた、コンカフェのお婆ちゃん、覚えている?」

 蒼馬の問いに、勇作、美波、翔子の三人は頷いた。彼は続けて言う。

「そのお婆ちゃん一号から貰ったんだ」


 *


 蒼馬の部屋のドアがノックされた。

「はい」

「坊ちゃま、お客様です」

 執事が来客を告げた。

「どうぞ。通してください」

 ドアが開くと、意外な人物だったので蒼馬は驚いた。

「あ、あなたは――」

「ほほ。こんちわ。立派な家じゃのお」

 老婆はのろのろと蒼馬に歩み寄った。

「オヌシのあそこも立派じゃのお」

 ちらりと蒼馬の股間を見た。

「先日は、文化祭にきてくださり、ありがとうございました」

 老婆の視線を無視し、蒼馬は礼を述べた。

「ほほ。今はそんなことええんじゃ」

 老婆はゆるりとソファーに座った。

「どのようなご用件でしょうか?」

 今日の老婆は言葉がはっきり聞こえているなと訝しく思ったが、老婆の耳に機器がついているのを確認し、蒼馬は納得した。補聴器だ。

「これなんじゃが」

 老婆は古びた本を差し出した。

「なんですか、これ?」

 蒼馬が尋ねると、老婆は顔をくしゃくしゃにして笑い、

「どうやら、魔法の本らしいぞ。悪魔を呼び出して、契約できるようじゃ」

 と言った。

「えっ!?」

 蒼馬は驚嘆し、老婆から本を受け取ると、まじまじと見つめた。


 *


「――ということがあったんだ」

 蒼馬は説明を終えると、紅茶を一口飲んだ。

「ふうん。悪魔と契約できる本ねえ」

 翔子は不審げに眉を顰めた。

「素敵ね」

 と美波が言った。

「でも、なんで、お婆ちゃんは蒼馬のもとに持ってきたんだ?」

 勇作が聞いた。

「それは、どうやら、僕のケンタウロスの姿が悪魔によってなされたものと判断し、再び悪魔を呼び出せば人間に戻ることもできるんじゃないかと思って、持ってきてくれたらしい」

「へえ。お婆ちゃん優しいね」

 翔子はお婆ちゃん一号を思い出そうとしたが、誰が一号なのかわからなくなっていた。

「それで、どうするの?」

 美波はかわいらしく首を傾げた。

「うん。それで、実際に呼び出してみようと思う」

 蒼馬が決意を込めた声で言った。

「夏休み初日、それで失敗していたじゃない」

 翔子がせせら笑った。

「うん。だから、あの時はメンバーが悪いと思って、君たち三人だけ呼ぶことにしたんだよ」


 床に一平米ほどの真っ白な板を置き、蒼馬は魔法陣を描き始めた。

「あれ、蒼馬くん、そこズレていない?」

 美波が指摘した。円の内側に書く独自の文字が、本と若干異なっていた。

「こうやって、書けばいけそう」

 翔子が書き直した。

「うまいね。まるで、一度書いたことがあるみたい」

 蒼馬が褒めた。

「え、そう? こういう特技があってもなぁ」

 翔子は照れ笑いをした。


 魔法陣を描き終わり、周りに蝋燭を立て、儀式を開始する。

「さ、始めるよ」

 と蒼馬が言った。

「雰囲気を出すために、電気消しておくか」

 勇作は部屋の照明をオフにした。

 蒼馬が呪文を唱えると、魔法陣から怪しげな光が明滅し、ぐるぐると光源が回り始めた。


「呼び出したのは、お前らか」

 上半身が牛で下半身が人間――ミノタウロス――の悪魔が現れた。

「この悪魔だよ! 僕をケンタウロスにしたのは!」

 蒼馬が叫んだ。

「なんだ、お前。変わった姿だな」

 ミノタウロスは蒼馬を見て哄笑した。

「君がやったんだろ!」

「冗談だよ。覚えているさ」

 悪魔は肩を竦め、女性陣をじろりと睨んだ。

「他にも、知った顔がいるな」

 蒼馬以外の三人は沈黙して成り行きを見守っていた。

「どういうことだ……?」

 蒼馬の問いをミノタウロスは無視し、

「話を戻そう。何用で呼び出した」

 と言った。

「単刀直入に聞く。僕の体を人間に戻すことはできるか?」

「ダメだ」

 悪魔は言下に否定した。

「なぜ!?」

「お前は、一人だけの契約でなされたものではなく、お前ともう一人の人物によって成り立つ存在だからだよ」

「僕は本来、いないはずの存在ということですか?」

「いや、人間としての白鳥蒼馬は元々いた。しかし、ケンタウロスとしての白鳥蒼馬はお前自身ともう一人の人物との契約によって作り上げられたキャラクターというわけだ」

 悪魔が説明すると、蒼馬は考え込み、

「つまり、マリオブラザーズということですか?」

 と惚けた。

「どう解釈すれば、そうなるんだよ」

 悪魔はツッコミを入れた。

「つまり、双子トリックですか?」

「そうそう。双子を時間差でってしまって、わーい、アリバイ確保!って、全然違うわ!」

「つまり、どうすればよいのですか?」

 蒼馬は深刻な顔をした。悪魔は咳払いをした。

「簡単だよ。もう一人の人物が契約を破棄すればいいんだよ」

「その人は、どこに?」

 蒼馬が尋ねると、ケンタウロスは呆れ顔になった。

「なんだ。知らなかったのか。そこにいる女だよ」

 悪魔は翔子を指差した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る