第3話

二〇二四年三月九日。「探偵社アネモネ」には、早朝から探偵三人が揃っている。此処に足りないのは依頼人だけだ。

水樹は、真剣にパソコンに向かい、ルイ・ナカムラに負けまいと、小説を書いていた。なかなか捗らない。こんなことで悩んでいても仕方ないのだが。相変わらず、陽希は来客用のソファでスマホを眺めている。

陽希のところへ、理人が紅茶を淹れて運ぶ。甘いバニラの香りのするフレーバーティーは陽希のお気に入りだ。流石、陽希のことを熟知している理人のチョイスである。

陽希がこの探偵事務所に来た時、理人は既にいて、水樹は二人の後に入って来た。その後も、新しい職員が来ては辞めて行ったが、この事務所で一番長く働いていて、元より上品なたたずまいの理人は、皆の兄のような役割であるが、陽希との繋がりは、何故かとりわけ深いように、水樹からは見えている。詳しい事情は全く分からない。

陽希は、スマホから一切目を離さずに体を起こし、ソファにちゃんと座り直して、そしてなおもスマホを見たまま紅茶に手を伸ばし、紅茶を一口含んで、噴いた。

流石の理人が涼しげな目を見開いて、どうしたのですか、と慌てた声を出す。

「うぇっ、ごほっ……やべぇ。やべぇって」

「何がやばいのです、今一番やばいのは貴方の服では」

理人は慌てて布を持ってきて、陽希の胴回りを拭いてやっている。陽希は早口で叫んだ。

「ルイ・ナカムラが殺された」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る