第7話 先輩らしく
学校で美術部への入部届を受け取り、担任からの指示通り両親の承諾を得るべく、俺は夕飯を済ませた後、B5サイズのそれをダイニングテーブルに置いた。
入部を希望する部活名を記入する欄には、すでに「美術部」と書き入れてある。
中学では2年ほどサッカー部に入っていて、両親の中での俺のイメージはどちらかというと体育会系。
そんな息子が、いきなり美術部に入るなんて言い出したら、どんな反応をするのか。
両親の反応をちょっとだけ楽しみにしていたのだが…
「美術部に入るの?いいんじゃない、新しいことを始めるのは」
「おぉ~、絵を描くのか。どういう風の吹き回しかはわからんが、良いことだと思う。反対はしないよ」
うん、なんというか…
言葉にも表情にも驚きはほとんどなく、かなり拍子抜けしてしまったが、無事に俺の美術部入部が決まった瞬間だった。
翌日の朝、俺は学校に着くなり職員室へ直行した。
理由は言わずもがな、入部届の提出だ。
こちらも何事もなく終え、あとは放課後の部活動を待つのみとなる。
待つのみ、と言ったはいいものの、残念ながら今日から全学年で通常授業が始まる。
俺にとっては高校に入って初めての授業なので、緊張と不安に包まれていた。
たまに、「初めての授業楽しみだなぁ!」などと言っている漫画やアニメなどのキャラクターがいるが、そんな人は現実にはいない。
俺は、授業への期待や高揚感などは全く抱かず、高校の授業という未知のものへの、純粋な恐怖をただ感じていた。
50分という授業時間は中学から変わらないはずなのに、長く感じてしまう。
春休みに授業というものから解放され、ずっと遊んでいたせいで、時計の針が遅くなったよう。
「じゃあ今日はこの辺で終わろうと思います、号令お願いしまーす」
「気を付け、礼」
「あざしたー」
日直の号令で、6時間目の授業の終わりが告げられる。
その瞬間、教室内にいる40人の学生は自由の身となり、各々が友人同士で話したり、部活や家へ急ぐために荷物の整理を始めたりしている。
「山本ー、部活か?」
「おう。美術部行ってくる」
「美術部?絵描くの好きだったっけ?」
「うーん、好きになりそうなところ」
「?そうなのか、ま、頑張れよ」
「おう」
中学の頃から、俺のことを知る友人からすれば、俺が急に美術部に入ったとなるとやはり違和感が強いようだ。
だがまぁ、他人がどう思おうと俺は今日から美術部員。俺の画家人生の始まりと言ってもいいのである!
(画家なのかはわからないが)
俺は勇み立って教室を出た。
足先は迷うことなく美術室へ向いていて。
ガラララッ。
「失礼します」
「お、いらっしゃーい。新入部員の山本君」
「いらっしゃい」
「どうも。今日は部長さんも来てたんですね」
「うん。美術道具を持って帰っちゃおうと思ったんだけど…」
そこまで言うと、部長は少し困ったような目を莉佳に向ける。
「先輩、本当にやめちゃうんですかー…?」
「この有様で…帰ろうにも帰れないんだよね、ははっ」
苦笑いを浮かべる彼女だったが、その表情は少しだけ嬉しそうだった。
「えっと、僕は絵を描いてればいいんですかね…?」
「あ、うん。好きに描いてていいよ。秋の文化祭で展示する作品の制作がメインになってくるかな~。まぁでもそれまで時間もあるし、慣れないうちはとにかくいろんな題材で絵を描いて、自分のスタイルを見つけるっていう作業になるね。わからないことあればいつでも聞いてね」
「はい、ありがとうございます」
莉佳は先輩らしく、頼もしい言葉をかけてくれた。
だが彼女はそのことに集中するあまり、部長のことはすっかりアウトオブ眼中となってしまっていたようで…
「あれ!?先輩は!?」
「あー…帰っちゃいました、かね。その、清野先輩が俺に説明してくれてる間に…」
「マジで!?追いかけなきゃ!」
「あー待ってください!」
「?」
部長を追いかけようと、美術室から出ようとした先輩を、俺は即座に引き留める。
「部長さんは…きっと、先輩が俺に接する様子を見て、もう大丈夫だなって、安心したからここを出て行ったんだと思うんです。清野先輩に、その…任せられる、というか。この部活のことも。だから、もし先輩が今ここを出て部長を追いかけて行ったら、それは…部長もちょっとだけ悲しくなっちゃうんじゃないかな…って思います」
「っ…」
上手く言えなかったが、俺が言わんとしていることは莉佳もわかってくれたようで、少し申し訳なさそうな顔つきになる。
「そっか。そうだよね。
ニッと笑った彼女は、どこか吹っ切れた様子。でも、誰よりも頼もしく見えた。
「部長の名前…水野さんって言うんですね」
「そうだよ~、
莉佳は両手をぱんっと叩き、俺と目を合わせる。
「私の番!後輩君が、のびのびと描きたいように絵を描けるような環境にしてみせるよ。先輩らしく、ね」
「先輩らしく…ですか」
「なにさ、変?」
「いえ、いいと思いますよ」
ちょっと抜けていて、絵を描くとき以外はあまり真剣な素振りを見せない彼女に、先輩らしく、という言葉は少しだけ大げさだったのかもしれない。
だが、ひとまず俺は、その先輩らしさ、というものに甘えさせてもらうことにした。
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