閑話①

第47話 鳴瀬研究チームの雑談ログ「踊るペスト」


「scip の定義って何なんでしょうか」


 


「星谷君、どうしたの藪から棒に。」


 


「例えばですよ、インフルエンザで高熱が出たとして、インフルエンザウイルスというものが発見されていなかったら。それもScipの影響だと言えたんじゃないかって思ったんです。」


 


「それ、面白いわね。確かに、原因が不明だとそう捉えることもできるかもしれないわね。」


 


「脳卒中とか、医学知識が無い人が見たら何が原因で倒れたのか分からないですもんね。他にも、ピラミッドを発掘した際に流行った”ファラオの呪い”だとか。そんなの、呪いだなんて言われても納得してしまいますよね。まさに正体不明の怪奇現象!」


 


「星谷君、踊りのペストって知ってる?」


 


「踊りのペスト?初めて聞きました。」


 


「ダンシングペスト、ダンシングマニアとも呼ばれているわ。主に中世ヨーロッパで起こった現象よ。身体が勝手に動いて踊ってしまうの。」


 


「それだけ聞くと愉快そうですけど……」


 


「続きがあるわ。踊り狂ってしまうのよ。400人が同時に踊り狂ったという記録があるわ。彼らは数日間、飲まず食わずで踊り続けるの。足は削れ、脱水症状や飢餓で倒れても、また起き上がって踊り出すんですって。」


 


「ひぃ……おぞましい話だ……。」


 


「これを聞いてどう思う?」


 


「……。集団ヒステリーか集団幻覚かと」


 


「成る程。踊りのペストを発症した原因として、確かにそれらは有力な原因として挙げられているわね。他の説では、麦角菌が原因だというものもあるわ。」


 


「麦角菌?」


 


「そう、麦角菌。パンに使用されたライ麦やビールの原料に寄生した麦角菌の製だという説があるの。麦角菌が生み出すエルゴタミンには向精神作用があるからね。……かと言って、それが何百人もの人間を同様に、同タイミングで踊らせるだけの幻覚作用を引き起こすとは考えにくいわ。」


 


「うーん、じゃあ主にヨーロッパで起きたってことは風土病では?」


 


「その説もあるわ。フランス、ドイツ、イタリア……。確かに地域的に近いわ。感染症だったなんて話もあるし。」


 


「その踊り狂う病気の治療は可能だったんですか?」


 


「治療法というものは確立されていないわ。神に祈りを捧げると落ち着いた、なんて話はあるけど。」


 


「なんてオカルトな……。」


 


「まぁ、”踊りのペスト”みたいに原因不明の事象が神の罰だとか悪魔のせいだとか、そういうのはよくある話よね。日本でも陰陽師が医者みたいなところはあったし。古くは人類では理解できなかったものや制御できなかったものがScipだったけれど、今は解明されてそうじゃなくなったものっていっぱいあるし。」




「なるほど……。」


 


「それでScipの定義だけど、私はこう思う。異常存在よ。正体不明のunknown。それが研究され解明されると、それは病気や化学反応、誇大伝承などに分類されていく。現代の技術じゃどのカテゴリーにも当てはまらないものがScipだと私は考えるわ。」




「だから」




 鳴瀬は言葉を続けた。


 


 


「私達の使命は、ScipをScipじゃなくすること。」



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