第25話 波・少女ありて①
橘がSCP財団への入団を決意したのは3年前の事だった。当時の彼女は国内外問わず被災地の復興支援や人道支援に精力的に参加する自衛官だった。
彼女は任期中最後の任務中に不可解な現象に直面したのである__
2***年 カンボジア プノンペン
「スオスダイ!ねぇ、セナ!今日はプルメリアがとっても綺麗に咲いているわ、見に行こう!」
太陽の様に眩しい笑顔を見せるのは、プノンペンに住む7歳の少女、スマイだ。
両親をマラリアで亡くし、2つ年下の妹であるサリと2人で保護施設で暮らしている。出会ったのは1年程前、初めてカンボジアに降り立った時である。最初は見ず知らずの異国人に怯えていた彼女らと橘は自衛隊の支援活動を通して彼女らと親交を深めていった。彼女らとお喋りしたり、民謡などを歌って教えたりすると彼女らは姉の様に橘を慕った。橘は年齢も国籍も違う身寄りのない彼女らに寄り添えることを大変嬉しく思っており、彼女らが交流する様子を地域住民や上官らは温かい目で見守っていた。
ある蒸し暑い晩の事だった。この日を境に、異変が始まった。
「橘、橘。起きて。あんたにお客さんが来てるよ」
橘の同期の石橋が橘を揺り起こす。寝ぼけ眼を擦りながら時計を見ると、AM2:00だ。彼女らが寝ているのは自衛隊のキャンプ地で、2人は同室だった。
「………まだ真夜中じゃないですか…。お客さんって誰。」
「おいで、こっち。」
石橋に招かれてやって来たのは、スマイだった。普段の明るい笑顔は陰り、唇を固く噛んで服の裾をギュッと握りしめていた。おびえた様子だった。
「キャンプの前でセナ、セナって泣いてたんだってさ。警備が報せに来たよ」
「スマイ?どうしたの。サリは?」
幼い子供が危険を顧みず真夜中にわざわざキャンプ地に来るなんて余程のことに違いない。橘はスマイの前にしゃがみ込み、頬を濡らしていた涙を拭い取った。
「サリは置いてきた。セナ……聞いて、最近怖い夢を見るの。」
怖い夢を見て怖くなるなど、子供らしくて実に可愛らしいと橘は微笑ましく思った。怖い夢を見て慰めてくれる大人が周りにはいない中、自分を選んで縋ってきた彼女がいじらしい。
「嫌な夢見ちゃったの?」
「でもね、一昨日もその前も見たの。同じ夢を何回も見るの。」
「同じ?…どんな夢?」
「あのね、人がいっぱいいて……。あたし、転んじゃって……何人も私の上を踏んで通り過ぎていく夢」
その夢は、7歳の女の子が見るにはあまりにも生々しい内容だった。思わず顔が引きつる。
「ほんとに、痛くて苦しいの……。今日は私が見たけど、昨日はサリが見た。2人で交代で繰り返し、同じ夢を……。」
幼くして両親を失った彼女らの抱えるストレスは計り知れない。橘は、その悪夢はストレスによって見ているのではないかと推測した。それにしても同じ夢を2人が見るというのは理屈が付かないものだが。
「セナ、朝までここにいていい?」
「勿論いいよ。」
「あとね、お願いがあるの。明日から一緒に寝てほしいの。」
同室の石橋をちらりと見ると、仕方ないとでも言いたげに肩をすくめた。
「いいんじゃない?上官には私が言っておくからさ。」
石橋のさりげない優しさに感謝しながら、この日からスマイと共に眠ることになった。
「おやすみセナ」
「おやすみ、スマイ。」
華奢な体を抱きしめながら、橘は眠りについた。
「 …………。」
そして橘はその晩、夢を見た。
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