第10話 もう一人の観客②
ブランド品のCMや公開中の映画の予告、鑑賞中のマナー喚起の映像が流れる。
「映画なんて何年振りだろう。へぇー、今の映画はすごいCGだな。」
―楽しんでくれて何よりだ。だが、上映中は静かに頼むよ。他の観客の気に障るかもしれないからな。
「はいはい」
そして、恙無く映の本編が始まった。昔に作られた映画のようで、昭和の家族の話のようだった。年老いた祖父母と父と母、その子供。その暮らしを淡々と描いている。有坂には何が面白いのかあまり分からなかった。これならアクション映画や表に貼ってあった煽情的な映画の方が楽しめただろうとさえ思った。
―D-0419、異変はないか?
「無いよ。映画がつまらない事以外はね。」
―史上最高の映画TOP100にも選ばれた不朽の名作なんだがな。…まあいい、一度場内をビデオカメラで撮ってくれ。
言われた通り、有坂は座ったまま場内にビデオカメラを向ける。前、左、右、後ろ……。順番にカメラに収めるが、当然空っぽの客席が映し出されるだけだ。
「…特に何もないよ」
―OK。引き続き頼むよ。
有坂は映画に気を向けた。相変わらず面白さが分からない。眠気さえ覚え、あくびをしていたその瞬間だった。
「……えっ!?」
急にぷっつりと映像が停止した。音声は続いているものの、老婆の顔がアップになったシーンで映像が静止してしまったのだ。
―どうした、D-0419!
「映像が止まった。音はずっと続いてるんだけど」
―……!ビデオカメラで場内を撮ってくれ!
有坂は慌ててビデオカメラを構え、辺りを映す。前、左、右、特に問題なし。後ろの席にカメラを向け、血の気が引いていくのを感じた。
後ろの座席にもう一人観客が居た。
顔のパーツが欠けた、不気味なほどに白い肌をした人間らしい物が有坂の斜め後ろの席に座って映画を観ている。つい先ほどカメラで場内を映した時には何もいなかった。何なら、映画が始まってから誰かが入ってきた気配は無かった。一体、いつ現れたのか皆目見当もつかない。
「ひっ……」
―叫ぶな、D-0419!!!大丈夫だ。刺激するな……。静かにそこから離れるんだ。入場口から脱出してくれ。
「わ、わかった…」
有坂は音をたてないように気を払いながら、そっと席を立つ。そいつはこっちに気付いていないのか静止したままのスクリーンを一心に見つめていた。映画鑑賞の妨げにならないよう、屈みながら階段を1段ずつゆっくり上った。最上段に到達し、ドアに手を掛け引っ張るがドアは動かない。
「おい、カギを掛けたのか!?開けてくれ、出られないぞ!」
―そんなはずはない!エージェント:ラター、施錠したのか!?
―そんなことしていません!こちらからドアを開けます…クソっ、開かない!
―エージェント:シグマ、ドアを破壊する許可をくれるかしら?
―……ならない、外側の扉を破壊する音でSCP-119-JPが刺激される可能性がある。破壊する以外の手段でなんとかできないか?
―やってみるわ。
「お、俺はどうすればいい?」
―SCP-119-JPに変化はあったか?
「はぁ?S……アイツの事か?…特に変化はないよ、ずっと映画を観てる。なぁ、アイツ、気味が悪いよ。危険なんだろ。早くここから出してくれ。」
―努力してる。刺激しないよう息を殺しておけ。
有坂はドアに張り付いたままもう一人の観客を見続ける。未だにスクリーンにはアップの老婆が映し出されたままだ。音声は進行しているが、だんだんと音声が大きくなってきている。
【あとがき】
この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。
Author: grejum
Title: SCP-199-JP - もう一人の観客 -
Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-199-jp
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