第2話 ドナドナ

「お前の荷物は以上で間違いないな?」


 小綺麗な部屋に通され待っていると、刑務官がトレーを持ってきた。中には逮捕前に持っていた携帯電話や財布等の所持品が数個並べられていた。


「看守さん、どういうこと?あはは、ドッキリ?」



 これではまるで釈放されるかのようではないか。有坂は、自分の将来が一生獄中生活だと思っていただけにこれが何かの冗談や間違いだと訝しんだ。実際、監獄側から何度も言われてきたことであるし、覆りようのない事実であるのだと認識していた事だ。



「あちらに着いてから説明を受けろ。私は知らん。」


「……。本当に?俺、外に出れんの?どういう風の吹き回し?」


「もう一度聞く、これで全てか。」


「……全部だよ。」



 看守の言動からふざけているようには見えない。信じられないが、本当に監獄を出ることができるようだ。当時人気機種だったスライド式の携帯電話も今では型落ち品だ。それでも有坂にとっては数少ない私物である。手に馴染むが、少し小さくなったような感じがした。携帯電話は充電されていたらしく、電源が付くのを確認するとかつての相棒を大事にポケットにしまった。



「もう二度と刑務所に戻ってくるなよ。それと……命は大事にしろ」


「それってどういう意味?」


 有坂がそう尋ねると看守は目線を外して帽子を目深に被り直した。


「……では、有坂。後は彼らの指示に従え。」



 看守が退室すると、入れ替わりで黒服の男が入室してきた。スーツの胸元には見たことのないロゴマークのワッペンが入っていた。丸に、矢印が3本突き刺さったような奇妙なマークだ。


「有坂翔馬、26歳で間違いありませんか?」


「そうだけど」


「減刑……もしくは釈放されたいと思いませんか?」


「……あんたは何の話をしているのさ。俺は服役中でね。刑は確定していて一生外には出られないの。なんでか急に釈放する流れになってるみたいだけどさ。」


「1か月、我々の力になってくれるのならば貴方の刑期を減らすことができます。3か月なら、釈放です。」


「……噓でしょ?」



 にわかには信じがたい話だ。模範囚になれば刑期を減らしてもらえるという話は聞いたことがあるが、生憎有坂は模範的な行動をしているとは言い難い。



「そんなこと、できるわけがない。アンタ、何者なんだ。」


「先に返事を聞かせてください。さあ、どうしますか。」



 毅然とした態度の男に威圧感さえ覚える。当然男たちに見覚えなどなく、一体何の目的で接触してきたのかさえ見当もつかない。だが、男の言う通り釈放してもらえるのであれば藁にも縋りたいというのが本心だ。


「……本当に3か月で釈放なんだ?」


「えぇ、約束します。こちらの書類に記入を。」



 契約書を差し出しにっこりと笑みを浮かべる男。怪しいのは百も承知だが、この鬱屈とした日々から抜け出せるのならば何でもいい。決してこの機会を逃す訳にはいかない。有坂はペンをとった。






 ――久しぶりの屋外は暑かった。眩しいほどの太陽光が暗がりに慣れ切った目に容赦なく刺さる。晴れ渡る青空に似付かわしくない黒い大きな護送車が敷地内に停められておりその前には彼と同じように黒服達に連れてこられたらしい受刑者達が20人ほど集められていた。中には、刑務作業で見知った顔もあった。その時点で違和感は明確なものへ変わった。これはただの釈じゃない。同じタイミングでこれだけの受刑者を移送するなんて聞いたことがないからだ。



「皆さん、揃いましたか。それでは名前を読み上げられた者から乗車してください。」



 ファイルを持った男が受刑者たちの名前を読み上げていく。



「松尾圭吾」


「やっぱり俺は乗らない」



 名前を呼ばれた松尾という男が乗車拒否をした。彼は刑務所内でも粗暴な男として有名で、噂によると何人もの婦女子を暴行の末殺害したと言われている。



「松尾圭吾、乗車してください。先ほど契約書に記入した筈ですよね?」


「おかしい、こんなに大勢……。俺たちは何させられるんだ?強制労働か?それとも人体実験か?……どう考えたっておかしいだろ。あくどい事に利用されるに決まってる!」


 不安を煽られた元受刑者たちがざわつきだす。皆思っていることは大体同じらしく、松尾の言葉に動揺した。


「……よろしい」


 その言葉を合図に黒服の一人が松尾に近づいた瞬間、スプレーに入った液体を彼の顔めがけて噴射した。噴霧を吸い込んだ松尾は咳き込んだ後、膝からその場に崩れ落ちた。突然の出来事にざわついていた観衆は驚き静まった。



「では続けます。……有坂翔馬。」



 固まっている有坂の視界端に、ぐったりとした松尾が担がれて護送車に運び込まれるのが映る。乗車拒否すると、自分も松尾のようになってしまうかもしれない。



「有坂翔馬」


「……は、はい」



 今更逃げることはできない。有坂は護送車に乗った。


 窓1つ無い後部座席は照明がぼんやりと乗客達の顔を照らしていた。車内は誰しもが沈黙し車のエンジン音だけが低く唸っている。石を踏んだのか時折大きく車体が揺れた。車内には小型の冷蔵庫やトイレが備え付けられており、パーキングエリアなどには一切寄らないつもりが見てとれる。

 乗客たちは不安に揺れるも、何もなすすべがない。彼らは眠ったり、ぼうっと壁を眺めて時間を持て余した。





 ……何時間乗っているだろうか。静寂に耐え切れず、誰かが口を開いた。


「俺たち、何させられるんだろうな。」



 誰も返事はしなかった。刑法の元確定した刑を変えられるほどの権限を持った組織が、受刑者を使って何かしようとしているのは間違いない。それが松尾の言った通り強制労働なのかはたまた人体実験に使われるのかは分からないが、予想したところで今更何かできるわけではないのだった。

 有坂はいつの間にか眠っていたようで、車が停車した感覚で目が覚めた。


「到着しました。皆さん降りてください。」


 ドアが開かれ、黒服が降りるよう指示をする。




「ここはどこなんだ?」


 そこは広大なガレージのようだった。並んでいたのは普通の車ではなく、有坂達の乗っていた物と同型の護送車がずらりと列をなしてお行儀よく整列していた。遠くのほうに装甲車や戦車のようなものも見え、まるで軍事施設のそれである。

 ほかの護送車からも次々と人が降りてくる。ざっと200人以上は居るのではないだろうか。



「皆さん、決してはぐれることの無いようについてきてください。」



 黒服たちに誘導されながら、ガレージから幾重にも分岐する通路を抜けると広い空間に出た。

 際限なく縦に広がる吹き抜けに無数に通路の入り口が見える。厳重そうなセキュリティで守られている扉がずらりと並び、実に多くの人々が出入りしていた。青白く発光する装飾の、近未来的な光景を皆興味深そうに眺めながら進んだ。

 スーツ姿の男・白衣を纏った男女に軍人のような出で立ちの集団……。ここの職員だと思われる人々は年齢層や性別はバラバラなもののいづれも件のロゴマークの入った衣類を身に着けていた。

 そこからやや大きめの入り口をした通路をさらに抜け、プレートに講義室と書かれた部屋へ通された。

 全員が席に着くなり、ビデオを視聴するよう指示が出される。

 部屋の照明が落とされたかと思うと、正面の巨大なモニターに映像が映し出される。

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