第3章
45:斜め四十五度チョップ
学園の修練場で、金属がぶつかり合う音がこだまする。
「よっとぉ!」
「ぐッ!」
アタシが大きく振る降ろした攻撃を、クレイヴ――【クレイヴィアス・エルサレム・モルドルーデン】が剣を掲げて受け止めた。
さすがは王太子殿下だ。
夏休みの間にも鍛錬を怠っていなかったためか、アタシの全力の大振りも防がれてしまう。
今は召喚していないが霊獣もレッサー級からグレーター級に昇華したようで、きっと肉体強化の魔法も効果が上がっているからだろう。
クレイヴはそのままアタシの剣を受け流すと、反撃の突きを繰り出してくる。
胴体を狙うそれは一発ではないだろう。避けられると踏んでの多段突きとアタシは読んだ。
もう片方の腕で盾を構えるその姿勢が、剣を引く慣性に耐えるよう、やや後ろに傾いているのが兆候だ。
だからアタシは体を振って一突き、二突きと突きを避けると、三突き目に合わせて拳を繰り出した。
だが、違う……!
「ふッ!」
「おぉ?」
二突き目のあとに剣を引いた力を利用して、クレイヴは盾を押し出してきた。
小さいアタシの体では、クレイヴの持つ盾は突きと違い、避け辛く重い。
構わずアタシは盾に拳を叩きつけると、固い衝突音と共に衝撃を感じた。
力は互角。
だが拮抗した状態で有利なのはこっちだ。
弾き飛ばされる前にさらにクレイヴの懐に踏み込み、右手の剣を手放してクレイヴの盾を直に掴む。
そして重心を低く移動させると、アタシよりも頭一つ分は背の大きいクレイヴの体が宙に浮いた。
「よいしょ!」
「くっ……!」
盾を軸にした力任せの投げに、クレイヴが歯噛みする。
もし、そのままであればアタシの後ろにある地面へと叩きつけられていただろう。
だがクレイヴは直前に自ら跳躍しアタシの掴みから脱出していた。
放物線を描いてクレイヴが放り投げられる。
そのときに鳴ったのは警告音。
セファーによる魔法の感知だ。
アタシは足元に落ちた剣を足で拾い上げる。
そうして手の中に戻ってきた剣を間髪入れずにバツ字に振った。
斬ったのは空中でクレイヴの放った氷の魔法だ。
粉砕され、キラキラと輝く氷の結晶の奥でクレイヴが華麗に着地する。
空中での隙を埋める、見事な魔法での速攻だった。
そして、アタシたちは剣を構え直すと、もう一度踏み込んで――。
「そこまで!」
――斬り結ぶ直前、張り上げられた声にアタシたちは動きを止めた。
直後、周囲で見ていた生徒たちから拍手や歓声が送られる。
「二人とも、良い動きだ。ウィナフレッドくんは格闘を織り交ぜた手数の多い攻撃的な戦法、殿下は盾と剣の長所を組み合わせた伝統的な防御力の高い戦法。甲乙つけ難い見事なものだ」
そう言葉を送ってきたのは剣術指南の先生だ。
御年六十を超えているがまだまだ現役の剣術家で、この学園でも剣術だけならば右に出る者はいないというの実力者。
アタシはふぅ、と息を吐くと、クレイヴに言う。
「いや、投げを外されるとは思わなかったわ~」
「君の格闘術は本当に脅威だな。得物を持っていない手が凶器なのだから恐ろしい。君が本気でなくて心底安堵する」
そう声を低くして、クレイヴは額に浮かんだ汗の玉を拭った。
そうだろう。
もし、アタシが【
アタシが本気で振り下ろしたのなら、どっちかの剣が折れて即終了だからだ。
けれど、そんな膂力に任せた戦い方ばかりしていたら、技術は上がらない。
なのでこうしてアタシは普段の姿で鍛錬に参加している。
「調子は悪くなさそうだな」
そう声をかけてきたのはアタシのご主人様で親友の【フィロメニア・ノア・ラウィーリア】だ。
二学期最初の舞踊会で共に踊り、絶賛人気爆上がり中の人物でもあった。
そんな主を持っているせいか、それともクレイヴの剣技を見たかったのか、修練場には多くの人だかりが出来ていて、今も黄色い声が飛び交っている。
「あの地獄のレッスンがないだけ、体力的には今のが楽だかんね……」
舞踊会直前の追い込みレッスン――それを思い出すと今でも気分がどんよりする。
あの乙女ゲーをプレイしていたときは……そりゃボタンをタッチするだけでキャラクターがレッスンをしていたが、まさかあんなにも熾烈なものだとは思わなかった。
やっぱり輝くアイドルの裏には血と汗と涙の結晶のような努力があるんだなぁ。
「ウィナちゃん、フィロメニアちゃん、おつかれさま!」
そんなことをしみじみ思っていると、明るい声がかかる。
栗色の髪をした、印象的なピンクの瞳の少女――【シャノン・コンフォルト】だ。
シャノンは駆け寄ってきて水の入った容器を渡してくる。
「ありがと。ディアナも元気そうね」
「……そうでもないですわ」
礼を言いつつ、シャノンの後ろに控えた【ディアナ・ヴァン・ペリシエール】へ声をかけると、気まずそうな返事があった。
ディアナには夏休み中、アタシが殺してしまった彼女の姉の敵討ちのために襲われたが、今は一応停戦中だ。
というのも彼女にはもうすでに霊獣を召喚できる力はなく、体もボロボロの状態である。
話によれば神殿で特殊な魔法による鍛錬を行ったせいらしい。
ディアナ自身はその特殊な魔法について詳しくなく、わかっているのはシャノンの魔法が関わっているということだけだ。
それは一学期に決闘を申し込んだ教師、マリエッタが関わっていたことから推測できる。
またも神殿が関与しているという事実に、今からでも殴り込みに行きたい気分ではあったが、シャノンとフィロメニアに止められた。
ディアナによる襲撃についても表向きは魔法の暴発ということにしてしまったので、お咎めは彼女自身の体へのダメージのみになっている。
結局、今回も神殿にちょっかいをかけられた、ということだ。
それでもシャノンが友人を失わなくて済んだこと、そして、アタシ自身が彼女の目の前で友人を殺さなくて済んだことだけが唯一の良点だろうか。
そういえばマリエッタは一学期によくわからないスマフォみたいな道具を持ってたな。神殿ってどんな組織なんだろう。
そんな不安点を抱えつつ、アタシの学園での二学期は始まってしまったのだった。
◇ ◇ ◇
放課後、いつもならフィロメニアたちと勉強に励む時間、アタシは今日の日に限って使用人用の談話室でお茶をしていた。
相手はクレイヴの使用人である【ベルティリーナ】――リーナちゃんだ。
アタシはお菓子を豪快に齧りつつ、話をする。
「で、結局あのアンポンタン兄貴は噂で聞いた宝石を見つけて指輪にしてプレゼントしてきたのよ」
「あら、素敵」
リーナちゃんは静かにアタシの話に相槌を打つが、その内心はたぶん興味津々だ。
彼女はこういった話が大好きで、よく「あの人とだれそれが恋仲で、どこぞで逢瀬がどうのこうの」といった話をしてくる。
今はアタシがフィロメニアの実兄――【ファブリス・ノア・ラウィーリア】の愚行について話していた。
一学期が終わり、実家に帰ってくると思われたファブリスは自分探しの旅に出て、夏休みも終わるという時期にやっと顔を出したのだ。
そして、ボロ雑巾みたいな旅装束で現れたファブリスはアタシに赤い宝石のついた指輪を渡してきた。
けど――。
「いや、苦労して自分の手で見つけてくるその行動力は認めるわよ? なんか行商人とかの馬車に乗せてもらってだいぶ遠くまで行ってたらしいし。けどね?」
「けど?」
「その宝石、めっちゃ人に有毒だったのよ!」
「まぁ!」
――アタシについている神霊【セファー】の分析で危険物だと判明したのだ。
あれで知らないままつけていたらあやうく毒殺されるところだった。
『あれは本当に危険なシロモノだったねぇ』
と、分析した当人はテーブルの上の茶器に寝そべっている。
『ちょっと、今話してる途中なんだから横から入ってこないでよ。混乱するでしょ』
『それは失礼』
そう脳内で会話すると、セファーはそのまま目を瞑り始めた。
アタシ以外には見えないからといってどこでもやりたい放題だ。
「それで、どうしたの? 毒とはいえ苦労して作った指輪を渡されるなんてロマンチックじゃない?」
そんなセファーをジト目で見据えていると、リーナちゃんが続きを催促してくる。
やっぱりこういう方面に興味があるらしい。
「『アタシを殺す気か!』つって叩き返してきた」
「ふふ」
アタシが手振り身振りを交えて話すと、リーナちゃんはティーカップを置いて口元を隠して笑った。
「笑いごとじゃないよ、リーナちゃん……」
「でも笑わせにきてるじゃない」
リーナちゃんの笑いは止まらない。
それでも上品に笑う辺り、やっぱり王家の使用人だ。
彼女とは同じ上流階級の使用人として話がすごく合う。
そんな楽しいお茶会をしていると、突然、バタン! と談話室の扉が開かれた。
「ご、ご、ごご主人さま! た、大変ニ! ゲホゲホ!」
現れたのはリボンで猫耳を隠した獣人――サニィだ。
一応、アタシが雇っているのでアタシの御付きである。
さすがはネコ。直前まで足音が聞こえなかったなぁ。
と嫌な予感から意識をそらしつつ、水を注いだグラスを差し出した。
サニィはそれをゴクゴクと飲み干すと、ふぅーっと息を吐いてから、はっとする。
「あニャ? あたし、ニャに言おうとしてたんニ?」
「おいこら、大変なんでしょ。さっさと思い出しなさい」
元はシャノンにつけられた、形だけのメイドだけあって、サニィはちょっと抜けていた。
アタシがちょっと古めの機械を直すように軽くその頭をチョップしてみると、サニィは顔を勢い良く上げた。
「ハッ! そうニ! 大変ニ!」
「だから何が」
ようやくアタシの中でも舞い込んできた問題に向き合う決意が決まったとき、サニィの口から本当にとんでもない言葉が飛び出してきた。
「元ご主人様が誘拐されるニ!」
なんで王国一警備が厳重なこの学園で誘拐事件が勃発するのよ、と先にツッコミを入れておこう。
そして、アタシはため息をつきつつ、素早く立ち上がるのだった。
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