41:身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ

「復讐にきましたってカンジ?」


 茶会の最中に突然現れたディアナに対し、アタシは椅子の背もたれに肘をかけながら聞く。

 するとディアナは震える手で艶のない髪を掻きむしりながら、三日月のような笑みを浮かべた。

 

「ええ、ええ、そうですわ。わたくしはもう我慢なりませんの。お姉様を殺したくせに……貴女が、貴女たちが英雄かのようにもてはやされるのには反吐が出ますの……!」

「ま、そりゃそーだ。――よいしょっ」


 同感だ。

 家族を殺した相手が学園で楽しそうに過ごすところを見せつけられれば、誰だって腹が立つ。


 アタシは息を吐いて立ち上がると、フィロメニアのために立ちふさがった。


「リーナちゃん、シャノン、下がってた方がいいよ」


 言うと、リーナは静かに紅茶のポッドを置いて身構える。

 しかし、シャノンは青い顔をしてアタシの腕をよろよろと掴んだ。

 

「ま、待ってウィナちゃん……今の本当? ディアナのお姉さんを殺したなんて、嘘……だよね?」

「本当だよ」


 間髪入れずに答えると、シャノンはアタシの顔を凝視する。


「どうして……?」

「どうしてって。殺されそうになったから殺しただけよ。アタシが暗殺でもするように見える?」


 今更なにを、とアタシは思った。

 シャノンだって決闘のときにジルベールたちをボコボコにするアタシを見ていたはずだ。

 あのときは相手を殺していないとはいえ、アタシ自身は毒殺されかけた。

 

 学園とはいえ――学生とはいえ死が身近に存在していることくらいは理解しているだろうに。

 

 シャノンはなお掴んだ手を離さない。

 

「そうじゃない。そうじゃないよ……!」

「じゃあなに」

 

 アタシはそろそろこの問答が面倒に感じるようになってきていた。

 目の前には自分を殺すと明言している敵がいるのだ。


 今はお行儀よくシャノンのことを見守ってくれているが、ついでで殺されても文句は言えない。

 

 このヒロインは今がどんな状況かわかってんのかな。

 人殺しはいけない、なんて話をされても困るんだけど。


 だが、シャノンが次に発した問いはアタシにとって予想外のものだった。

 

「どうして、そんな平気そうな顔をできるの……?」

「――……え?」

「私にとってウィナちゃんは優しくて明るくて強くて……誰かの気持ちをわかる人だと思ってたの! なのに、なのにどうしてそんな顔するの……?」


 意味がわからなかった。

 

 顔なんて、表情なんてどうでもいいじゃん。

 目の前に敵がいて、後ろに守るべき主がいて、そんな状況で顔がどうこう言われるとは思っていなかった。


 でも、どうしてこんなにもシャノンの言葉はアタシの胸を引っ掻くんだろう。

 怯えてみせればいいんだろうか。それとももっと勇敢そうな顔をすればいいんだろうか。

 


 そもそも今、アタシは――どんな顔してる?


 

 思わずアタシは自分の顔に触れる。

 すると、シャノンは意を汲み取ったように言った。

 

「いつもの優しそうなウィナちゃんのまま……。私にはそれが怖いの!」

「黙れ。お前にウィナを責める道理などない。殺されかけたこともない者が戯言を! 話に付き合う必要はないぞ、ウィナ!」


 アタシはフィロメニアに言われ、頭を振ってシャノンの話を脳内から引き剥がす。

 今はこんなことをしてる場合じゃない。


 目の前のディアナが徐々に殺気を強くするのを感じていた。


「ふふふ、そうですわ。わたくしは話などしにきたわけではありませんの。ただ……ただ貴女たちをこの手で殺すためだけに来たのですから……!」


 ディアナが言うや否や、その瞳に魔法の輝きが灯る。

 アタシは咄嗟に掴まれた腕を振り払い、袖のボタンを外して腕輪を露出させた。

 

「だ、駄目、やめて!」

「危険だシャノン! 離れるぞ!」


 なおも食い下がるシャノンを、クレイヴが抱き上げて後ろに飛びずさる。

 

 駄目だと言われても、もう止めようがない。

 学園のテラスで、魔力を帯びた空気が膨れ上がった。

 

「二人とも駄目ぇッ!」


 シャノンの悲痛な叫びは意味を成さない。

 その時にはすでに、二人の術者によって霊獣の呼び出しの声が上がっていたのだから。

 

「フェンリルッ!」

「ウィナッ!」


 緑色の光がアタシを包む。

 眼前では魔法陣から人を超える上背の狼が飛び出したくるところだった。

 

 アタシは【霊起Activate】する最中、鈍化した意識の中で自分に宿る神霊と会話した。


『セファー』

『なんだい? 我が君』


 セファーの声色はいつも通りだ。

 いつも通り、優しそうにアタシの問いに答えてくれる。

 

『シャノンの言ってること、わかる?』

『ああ、残念だが――理解できる。ヒロインから見れば君は異常に見えるんだろう。まぁ、君と彼女では死に関しての考えが乖離しすぎているのさ』

『アタシの何が気に入らないのかな』


 髪色が変わり、体中が発光しきったとき、アタシは腕輪に右手をかざした。

 そのときにはディアナの霊獣――恐らく姉と同じくフェンリル種だろう狼は大口を開けてアタシに飛び掛かってくる。

 

『君は死を恐れないなさ過ぎるのさ』


 フェンリルの噛みつきを地を這うように身を低くして躱すと、セファーが言った。

 

『君は主のためなら命を平気で奪うことができる。もちろん、そこまで行き詰まるまでに抗いはするが、最終的にはその選択ができる。たとえそれが自分の命であろうともね。それをヒロインは君の表情から感じ取っているんだろう』

『煩わしいわね。――死んだ人間が生き直すっていうのはさ』


 アタシは腕輪から【放出Discharge】した長剣の握りを掴む。


『死とは魅力的なものだからね。それを受け入れた君は同じく人を惹きつける』


 そして、アタシの上を通過するフェンリルの胴体をその刃で撫でた。

 

『――嬉しくない話』

 

 水を切るような軽い音、そして骨を砕く小気味よい音。

 真っ二つになったフェンリルの体は皮一枚で繋がりながら、テラスのガラスに突っ込んでいく。


 その血を頭から浴びたアタシは視界を赤く染めつつ、ディアナに向き直る。

 

「ふ、ふふふ、そうやってお姉様のことも殺したんですのね。ふふ、ふふふふ――げはっ……!」


 魔力で作られたものではない――本物の血がディアナの口から吐かれた。

 

「ディアナッ!」


 シャノンの声が上から降ってくる。

 どうやらクレイヴはフィロメニアと共にシャノンを屋上へと避難させたようだ。


 だが、もう終わりだ。


 霊獣が死ねば、その主も一緒に死ぬ。

 このディアナという娘も霊核を砕かれて、静かに息を引き取るだろう。


 せめて、シャノンにはその様を見てほしくはない。

 アタシはクレイヴにどこかへ行けと手で指示しようとした、そのとき――。


『我が君!』

「んなっ!?」

 

 アタシは咄嗟に掲げた手で突っ込んできたフェンリルの顔を掴んだ。

 危うく首元に食いつかれるところだった。

 

「待って、今殺したでしょ。なんで生きてんの!?」

『これは別の個体だ。しかも通常の霊獣の魔力反応じゃない。気をつけたまえ。何かがおかしい』


 顔を掴まれて抗うフェンリルの顔を握力で粉砕しながら言うと、セファーが珍しく真剣な声色で言う。

 すると、飛び散った血の奥で、よろめきながらも笑い声を上げるディアナが見えた。

 

「さぁ、さぁさぁさぁさぁ! もっと殺してくださいまし! もっとその手を汚してあそばせ! 私たちを殺しきれるのなら! ――フェンリルぅぅぅぅぅ!」


 それは狼たちの遠吠えのようだ。

 ディアナの叫びに応じて、彼女の周囲には数十もの魔法陣が形成され、その一つ一つからフェンリルが召喚される。


「ちっ……!」


 一瞬でアタシを包囲したフェンリルは雪崩れ込むように飛び掛かってきた。

 アタシは地面を蹴って空中に退避するが、フェンリルは仲間の体を蹴ってさらに追いすがる。


 それを宙で体を捻って振った剣で斬り落としながら、セファーに叫ぶ。

 

『霊獣はお一人様一匹までじゃないの!?』

『バーゲンセールみたいな言い方だねぇ! だがあれはその枠に当てはまらないようだ。主の方は相当な負担がかかっているところを見ると、霊核になにか細工したのかもしれないねぇ』

『そんなんゲームに出てこなかったわよ!』


 言いながら、地上に降りないようテラスの壁を蹴って、左腕をフェンリルの群れにかざす。

 すると、そのうちの何匹かを視界の中でロックオンされた。

 

『それは君も同じだろうに――【放出Discharge】・【雷撃連弩波イステラ・ヴェス・バリスタ。Ready】』

「シュート!」


 これまでの単発の重い一撃ではなく、いくつかに枝分かれした雷撃がフェンリルの頭を撃ち抜いていく。

 だが一発程度では数が減ったようにも見えない。


 アタシは背中の翅を使って浮遊しながらも、上空から幾撃かの魔法を放った。

 

「ディアナ! もうやめてください!」

「ぐゥ……! シャノンこそ、そ、そそそ、その女の側につくのなら……噛み殺しますわァッ!」


 屋上からのシャノンが叫ぶが、ディアナはその顔を獣のように歪めながら吠える。

 

『とにかく数を減らすしかないわけ!?』

『いや、おそらく無駄だ、我が君。なぜかは知らないが、殺しても再召喚されている。分裂しているというわけでもなさそうだが……。これはなんだろうねぇ?』

『ゆっくり観察してる場合か!』


 視界の横に移るディスプレイの中で首を捻る相棒にアタシは叫んだ。

 突っ込んでくるフェンリルたちを長剣で捌いていると、ややしてポンと手のひらに拳を打ち付けたセファーが納得したように言う。

 

『そうか。元々霊獣は命を持たない存在……霊核の器、いや、疑似的なものさえあれば上限はあるとて無限に再召喚できるのか。考えたねぇ』

『意味わからん!』

『この大量の霊獣というマジックの裏にはちょっと怪しいものがあるねぇ。どこでそんなものを身に着けたのやら。まぁだいたいの予想はつくが』

 

 アタシはそれを聞いて、ディアナのあの具合の悪そうな顔は大量のフェンリルを生み出す代償なのだろうと察した。

 そして、その顔を今一度見ようとディアナの方を見るが――いない!

 

 そのとき、アタシの右側面から電子音が鳴る。

 

「だぁっ!?」


 顔に衝撃が走って思わずアタシは声を上げた。

 顔面に蹴りを食らったのだ。

 

 気がつけば、両手に短剣を持ったディアナがフェンリルの群れの背を身軽に飛び移って肉薄していた。


 あれだけ体に負担をかかっていそうなのに、主人の方も動くのか!


「ウィナ!」


 フィロメニアが叫ぶ。

 と、同時に魔法を放っていて、アタシも引いた左腕でディアナに技を打った。

 

「こいつッ……! ――四式尖拳・【殻抜雪砕かくばつせっさい】!」


 だがディアナに迫る魔法と打撃、その両方の間にフェンリルが飛び込んできて、攻撃は防がれる。

 四式は指先を食い込ませて相手の鎧や、場合によっては皮を剥ぐ技だ。


 フェンリルの体に刺さった指を、力任せを振るうと、腹の肉と共に肋骨をもぎ取る。

 そこから臓物があふれ出して、獣臭に濃厚な血の匂いが沸き上がった。

 

「ふふふ! あははははは!」


 しかし、数多の霊獣を殺されたというのにディアナは依然として動き続けている。

 その顔色はすでに鈍色に近い異様なものだったが、彼女の動きは素早い。


 そして、まるで周囲のフェンリルと連携し、巧みにその姿を覆い隠していた。

 そこでアタシは気づく。


 ――ディアナの狙いはアタシだけじゃない。

 

 瞬間的に振り返ってフィロメニアの方を見た。

 そこにはフェンリルの背を飛び伝って屋根に登るディアナの姿があった。


「フィロメニア!」


 アタシは瞬間的にフルパワーで地面を蹴る。

 爆発的な加速で跳躍したアタシは、ディアナに向かって剣を振りかぶった。


 もう仕方がない。

 

 シャノンの言う通り、アタシは人を殺すことに躊躇がない人間だ。

 セファーの言う通り、アタシは死に対して恐れのない異常者だ。


 今もそう。


 フィロメニアに危害を加えるのなら、もう容赦はしない。


 一瞬でディアナの背に追いついたアタシは、彼女の持つ短剣がフィロメニアの腹に刺さる前に、その首を刎ねようと剣を振るった。


 だが――。


「やめてッ!」

「ちょっ――!?」

 

 その前にフィロメニアの後ろにいたシャノンが前に躍り出た。

 これではシャノンの首まで刎ねてしまう。アタシはギリギリのところで剣に制動をかけた。

 

 だが、ディアナは気づくのが遅れ、そのままシャノンの体にぶつかる。


「ぐっ……!」


 寸でのところで剣を止めたアタシが見たのは、ディアナの肩越しにシャノンの顔が苦痛に歪むところだった。


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●作者からのお願い●


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