23:愛しきアタシのご主人様

 決闘から少し経ったある日、フィロメニアとアタシは学園長に呼び出しを食らっていた。

 アタシは絶対に怒られるとビクビクしていたけれど、フィロメニアは涼しい顔で部屋に入る。


 そこでは学園長が温和そうな笑みをたたえていて、とりあえず扉の横へと控えるように立った。

 

「久しぶりに良いものをみせてもらった。フィロメニア君」


 開口一番そう言われ、フィロメニアはゆっくりと頭を垂れる。

 

「騒ぎを起こして申し訳ありません。学園長殿」


 慌ててアタシもお辞儀をするが、学園長は目を丸くして頭を上げるように言う。

 

「いや、すまない。皮肉ではないのだ。学園という揺りかごの中に長くいると、つい刺激に乏しくなる。正直に言って、愉快痛快といったところだった」


 その言葉に部屋の雰囲気を弛めるように、学園長は椅子を回して体を斜めに向けた。

 アタシたちは顔を合わせる。

 

 そりゃアタシたちにとってはまさに愉快痛快だったけれど、学園長がそう言うとは思っていなかったのだ。

 

 フィロメニアは思うところがあるのか、眉をひそめる。

 

「失礼を承知で聞きますが、学園長殿はマリエッタの姦計に気づいていたと?」

「彼女が好き勝手をしていたのは当然、把握していたとも」

「ではなぜ止めなかったのです」


 背を持たれて手を組む学園長に、フィロメニアは詰め寄った。

 だが学園長は意に介していないように微笑みを崩さず応じる。


「それがこの国の利となるか害となるか、見極めるに時間が必要だと判断した」

「それだけですか? 遅きに失すれば殿下までもが神殿の思惑に取り込まれていました」

「不満かね?」


 アタシにはまだその「思惑」とやらが理解できていないけれど、フィロメニアには面白くない状況なのはわかる。

 言われた通り、不満そうな顔でフィロメニアが黙っていると学園長は続けた。

 

「……学園の成り立ちもそう単純なものではない。それにマリエッタ教諭の行動は問題だが、シャノン・コンフォルトを見つけたことについては称賛に値する。彼女は平民として捨て置くには惜しい逸材だ」


 まぁ、それは確かに。

 いずれは国を巻き込んだ大騒動で活躍するかもしれないヒロインを、田舎から引っ張り出してきた功績は大きい。

 というかそうじゃないと物語が始まらないし、ルートによっては多くの犠牲者が出る。

 

「それは……認めましょう」


 フィロメニアはそんなこと知ったこっちゃないけれど、シャノンの才能については同意見のようで呻くように言った。

 

「しかし、あの女が国益を考えているとは思えません。そもそも――」

「そう。私がマリエッタを教諭として受け入れた。だが結果、君は勝った。それもなんの策も用意せず、決闘という公正な場で。これは更なる可能性を見せつけてくれたと言っても過言ではない」


 そう言って学園長はアタシを見る。

 

 結局のところ派閥同士をぶつけあって勝った方が正義ということなんだろう。

 

 学園の目的は優秀な人材を輩出することだ。

 今回のことは全部まとめてマリエッタの責任となって、シャノンに関してはお咎めはない。

 アタシという稀有な霊獣を引っ張り出して、逸材であるシャノンも手元に残せる。


 学園としてはいいとこ取りが出来たということだ。

 

 フィロメニアはまだ気に食わないのか、腕を組んで黙る。

 それを見た学園長は満足そうに微笑んで頷き、一枚の書類を机から取り出した。


「我々に都合のいいものかもしれんが、手土産の用意はしている」

「これは?」


 フィロメニアが書類を受け取って眺めると、やがてバッと勢いよくこっちに振り返ってくる。

 その顔は表には仏頂面だったけど、なにやら目が輝いていた。

 

 そして、学園長が再びアタシを見て――。

 

「――ウィナフレッド君、貴女にこの学園へ入学する権利を与えよう」

「はあぁぁ!?」


 思わず叫んでしまった。

 フィロメニアはふん、と鼻で笑って書類を指で叩く。


「なるほど、確かに都合のいい手土産ですね」

「しかし、悪くはない。そう判断してもらえると考えている」

 

 突然のことにアタシの頭は混乱しているが、ニヤ~っと笑うフィロメニアの顔を見るにもう決定事項っぽい。

 学園長はもう目を瞑っているし。

 

「いいでしょう。無論、私の使用人です。公爵家の者として多少の好きにはさせてもらいます」

「結構だ。のびのびと学園生活を楽しんでくれたまえ」


 最後の最後にやっと学園長らしい言葉が出てきた。

 見た目は優しそうな若者なのに、中身は狸おやじじゃん!

 

 そうして、突然のアタシの入学が決まってしまったのだった。

 


 ◇   ◇   ◇



 その日の夜は、前と同じように一緒のベッドでフィロメニアと寝ることにした。

 主人が寝息を立てる前に、アタシは前々から聞いておきたかったことを聞く。


「フィロメニアってさ」

「なんだ?」


 声に出すにはためらいのある質問に、アタシはどもりつつも勇気を出した。


「殿下のこと、好き?」

「好きではない」


 即答かよ。


 少しくらいは迷ってほしかったな、とか思いつつ、話の続きを言う。


「もし……もし、だよ? 殿下が『俺はシャノンと結婚するぜい!』とか言い出したらどう思う?」

「殿下はそんな話し方ではないが……まぁ、そうだな」


 そうするとフィロメニアは悩むように唸って。

 

「いいんじゃないか」

 

 いいのかよ!


 アタシは思わず飛び起きてフィロメニアを見る。


「え、えっ、あれ? 婚約者だよね? お家のアレやコレもあるよね!?」

「私が王妃にならなくともラウィーリア家は潰れぬ。関係を強固にしたいと考える父上は残念がるだろうがな。そもそも貴族同士の婚約に感情は関係ない」


 そりゃ、そうだろうけどさ……。

 殿下に対してだいぶドライな態度に呆れていると、フィロメニアは続ける。

 

「そもそも、その話はなくなりそうだ」

「はいぃ~?」


 本日二回目の新事実にアタシは変な声を出してしまった。

 そのリアクションが面白かったのか、それとも状況が面白かったのかわからないが、フィロメニアは目を瞑りながら笑う。


「兄上がな。廃嫡だそうだ」


 は、廃嫡……? ってなんだっけ、と首を捻っていると、腕を引っ張られて抱きしめられた。


「ラウィーリア家の家督を継ぐのは私だということだ。兄上にはどこぞの貴族の女にでも婿にいってもらう。まぁ、ヤツには当主よりも収集家や研究者の方が合っているだろうよ」


 兄貴を「ヤツ」呼ばわりした上にその適正までバッサリ言ったフィロメニアは、実に愉快そうに体を揺らす。


「これはお前の掴んだ未来だ。ウィナ」

「そうかなぁ……?」


 きっとファブリスは兄妹で、しかも多勢の決闘に参加して負けたが故にご当主様から見限られたんだろう。

 フィロメニアの言う通り、彼に当主の役目が向いていないと思っていたのなら、ある意味自由にさせてあげたという見方もできる。


 決闘では敵だったとはいえ、同じお屋敷に住んでいたファブリスが次期当主の座を失ったと考えると可哀そうに思えてきた……。


 そんな考えに浸っていると、フィロメニアがアタシの髪の匂いを嗅いでくる。


「私はお前を放しはしないぞ」

「知ってる」

「嫁にする」

「いやいや、おかしいおかしい」

「嫌か?」


 この世界で同性婚は認められてたっけ……?

 というかアタシたちそういう関係だったっけ……?


「そういうんじゃないけど――むぎゅ」

 

 フィロメニアによりアタシの顔はその豊満な胸に埋まる。

 鼻孔いっぱいに彼女の香りが広がって、それまでぐるぐると回っていた思考が急に鈍化した。

 

 そんな状態のアタシに、フィロメニアは言う。

 

「入学式の日に、私が舞台に立つのが楽しみだと言ったな」

「うぅん……」

 

 そんなことも言った気がする。ライブは学期末の成績で決まり、期初に行われるので今から楽しみだ。

 フィロメニアが首席で期末を終えるのなんて確定事項なんだから。


 すると、彼女はアタシの顔に手を滑らせて、吐息のかかる距離で囁くように言った。

 

「お前も舞台に立て。お前がいるべきは客席などではない。私の横に並べ」


 えっ、と声を漏らすと、フィロメニアの目が光ったように見える。

 それは獰猛な肉食獣のようで、絶対的な自信に満ちた瞳だ。

 

「そんな覚悟もなく私についているのか?」


 決闘の前日に言った言葉を、そのまま返されてしまった。

 

 これだ。これこそがフィロメニアだ。アタシの大好きな、アタシが救いたい悪役令嬢。


 そんな彼女が言うのなら――。

 

「仕方ないご主人様ね」


 アタシは返事と一緒に、その愛おしい存在を抱きしめるのだった。


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