12:飾りつけは華やかに

 フィロメニアが無事に入学して、一週間が経った。

 その間に予想していたような神殿関連の問題はなんの音沙汰もない。


 平和すぎる。

 いや、それでいいんだけど、いかんせん悪役令嬢という特大の問題抱えている身からすると妙に感じてしまう。

 

 そう思っていた最中、問題は内側から噴出した。

 

「パーティに行かない!?」


 アタシの絶叫が広い部屋で反響する。

 ベッドに腰かけたフィロメニアが、目を逸らして小さく頷いた。

 

「ああ……」

「や……駄目でしょ。殿下主催のパーティなのに、婚約者のフィロメニアが行かないのは」


 誘ってくれたクレイヴに対して失礼という面もあるけれど、そもそも彼が主催するパーティに未来の正妻がいないというのはもはや異様と言っていい。

 正式に結婚していないとはいえ、クレイヴとフィロメニアはすでに互いのパートナーだ。

 

 二人の仲が悪い、なんて見方をされようものなら、王家と公爵家の仲どころか国政にも影響してくるだろう。フィロメニアがそれを理解していないはずがない。

 

 だというのに――。

 

「だからこそだ。私は殿下のお飾りではない」

「フィロメニアなら誰もお飾りだなんて思わないよ! どうしたのいきなり~……」


 突然、我儘を言い出した主にアタシはこめかみを掻く。

 これが今に始まったことでないならわかるが、これまでフィロメニアと殿下の関係は悪くなかったはずだ。

 

 今日だって一緒に歩いていたっていうのに、何があったんだろう?


 アタシはフィロメニアの前に屈んで、ぎゅっと握りしめたその手を取る。


「ねぇ、学園で何かあった?」

 

 聞くと、フィロメニアは首を横に振った。


「フィロメニアは才能があって、努力もできて、みんなが尊敬してる。本当はそんな理由じゃないんでしょ? アタシにも話せないの?」


 ゆっくりと語り掛けるが、目が合うことはない。

 しばらくフィロメニアの手をしていると、彼女はぼそっと言葉を漏らした。


「……意味がない」

「い、意味……。意味かぁ~……」


 アタシは手を取ったまま、返答に困って下を向く。


 当然だが意味はある。

 新入生のほとんどが出席するパーティなのだから、その場での公爵家の代表として、そして殿下の婚約者として着飾った姿を見せることは義務に近い。


 けれど、そうした政治的な話を別にして、本人が意味を感じていないのならどうしようもない。


 だって懇親パーティだもん。他人と仲を深める以外に意味を求めるとすれば、飲み食いするくらいだ。


「う、う~ん……」


 公爵家の使用人の立場としては無理矢理にでも出席させるべきなのだろうが、アタシはフィロメニアの気持ちも尊重したい。

 そのままの態勢で首をうんうんと捻っていると、フィロメニアは手を引っ込めてしまった。


「あ、ちょっと――」

「ウィナ。悪いが一人にしてほしい」


 そう言って、フィロメニアはどこか虚ろな目でベッドに突っ伏してしまう。

 これが癇癪を起こすような態度ならまだしも、そんな顔をされては従うしかない。


「……わかった」

 

 アタシは顔を伏せたフィロメニアの髪を一撫でして、部屋から出ていくのだった。



 ◇   ◇   ◇



『君のご主人様はいつもああなのかい?』


 寮から出て、すっかり暗くなってしまった道をあてもなく歩いているとセファーが声をかけてきた。

 相変わらず神出鬼没だ。アタシがパーティの会場設営をしていたときは何をしていたんだか。

 

 アタシはなんでもないように手を振って答える。

 

『たまにね。昔から急に塞ぎ込んだりはするんだ。そういう時はアタシが聞いてあげると話してくれるんだけど……』

『今回はどうやら根が深そうだと。君はメイドよりもカウンセラーのほうが向いているんじゃないのかな』


 この世界でカウンセラーなんて仕事は聞いたことがないけれど、セファーには関係ないらしい。

 きっとアタシの記憶でも勝手に見てるんだろう。


 とはいえ、実際、自分がフィロメニアの精神安定剤のような役割をこなしているのは事実だ。

 それはもう出会ってからの十年で嫌というほど理解している。

 

『自分で言うのもアレなんだけど、アタシと会ってから性格が丸くなったらしいんだよね。それまではもう手がつけられないくらい我儘だったって』

『なるほど、今日の彼女は徐々に落ち着きを無くしていた様子だったねぇ。しかし、この短時間であそこまで精神的に不安定になるものかな』


 どうやらセファーはちゃんとフィロメニアを見ていてくれたらしい。

 恐らく他のことと並行しながらだと思うけど、それでも何か会った時に知らせてくれるというのはありがたい。

 

『うーん、そこまでヤワじゃないとは思うけど――あれ?』


 と、首を捻りながら歩く先に、ベンチに座る栗色の髪の女子生徒がいた。

 顔を伏せていて、誰かを待っているようにも見えず、ただそこにいるだけといった雰囲気だ。

 

 これが顔も名前も知らない生徒なら、アタシはスルーしていたと思う。

 けれど、その生徒とは一度ならず二度顔も合わせてしまって、さらにアタシは彼女に一方通行な愛着を持っていた。


 だから、アタシはここでついお節介を焼きたくなってしまうのだ。そういう性格だから仕方ない。

 

「どうかした? 行かないの? パーティ」


 そう言って彼女の隣に座ると、はっと顔が上がる。


 座っていたのは乙女ゲーのヒロイン――シャノンだったのだ。

 

 シャノンはアタシの顔を見て、どこかほっとしたように表情を弛める。

 けれどそこには影のようなものが差していて、背筋も力なく曲がってしまっていた。

 

『君はあれか。精神的に不調な人間に引き寄せられる体質かなにかかい?』

『黙って』


 悪役令嬢とヒロインが同時に落ち込んでるってのも、おかしな流れだなぁ。

 

 そんなことを思いつつ、頭の中でセファーを追い払うと、シャノンは自嘲気味に笑う。

 

「平民の私には、参加する資格なんてないですから……」


 その言葉は生徒たちの誰かにそう言われたものなんだろう。

 彼女の目は赤く腫れていた。


 物語通りであれば、シャノンはクレイヴと初めて出会った時、その場でパーティの誘いを受けたはずだ。

 そして、パーティにはクレイヴのエスコートもあり、貸出用の衣装で参加する。

 

 なのに、彼女がこんなところで座り込んでしまってるということは、全部がアタシの知っている物語通りに進むわけじゃないのかもしれない。


 にしてもなんでヒロインをほったらかしにしてんのあの王子。誘ったんなら最後まで面倒見なさいよ!


 アタシは腹を立てつつ、シャノンの間違いを指摘した。

 

「殿下に誘われたなら、それは殿下が決めることよ。行かない方が逆に失礼よ」

「なんで誘われたって知って……?」

「あ……。ええと……そうだろうなって思っただけ!」


 あぶね。ちょっとボロが出そうになっちゃった。

 

「でも私、ドレスなんか持ってないから……。皆さん綺麗に着飾ってて、やっぱり住んでる世界が違うんだなって思って……」


 そりゃ、こんなところにいればさぞ煌びやかな衣装を身に纏った生徒たちが嫌でも目に入るだろう。

 あの使用人やマリエッタも気を利かせてドレスくらい用意してあげればいいのに。


 アタシはため息をついて、シャノンに体を向ける。


「アタシはウィナ」

「シャノン……です」


 知ってる。だから声をかけたんだから。

 けれど、アタシはシャノンの心は何も知らない。


 あくまでアタシが知ってるシャノンは、プレイヤーに動かされるだけのヒロインとしてのシャノンだ。


 この世界に来て、悪役令嬢としてではないフィロメニアの顔を知ったときと同じように、この子にもヒロインとしてではない顔があるのだろう。


 アタシはそれを確かめたくて、真っ直ぐに見つめたピンク色の瞳に尋ねた。

 

「それで、どうしたいの?」

「え……?」

「パーティ、参加したいの? ここで愚痴を聞いてほしい? それとも気晴らしにお茶でもする? 本物の紅茶の味を教えてあげるわよ」


 いくつかの候補を上げて、アタシは前世よりも星が良く見える夜空を見上げる。


 なにもヒロインだからといって、懇親会に参加することだけがこの子のすべきことじゃない。

 平民という身分に後ろめたさがあるなら別に逃げてもいいのだ。アタシが会社の飲み会を全スルーしてたみたいに。

 

「……行き、たい」

「ん?」

「パーティ、行きたいです……! せっかくクレイヴ様が誘ってくれたのに……行かなかったらお互い悲しいと思うから……!」


 なるほど。真っ直ぐな子だ。

 クレイヴほどの男ならその程度のことを許す器量はあるだろうし、普通の女子はこれをお近づきのチャンスと考えるだろうに。

 

 だが、シャノンは王太子殿下という存在に対しても、対等で同じ目線なのだ。

 誘ってくれた人と、誘ってもらえた自分という、単純で、世間知らずで、ただ相手を思いやる心の持ち主なのだ。


 それを聞いたアタシは膝を叩いて立ち上がると、シャノンの手を引いて歩き出す。


「あっ……!? ウィナさん!?」

「さん付けはいらない。いいからついてきなさい」



 ◇   ◇   ◇

 

 

「これ、本当に私なんかが着ていいんですか? 汚しちゃったら……」

「余計なこと考えないの」


 言いながらドレスのウェストを絞ると、シャノンは「うぇっ」とカエルが潰れたような声を上げる。

 貸出用の衣装が用意してあるところは物語と変わっていなくてよかった。

 

 アタシはシャノンを鏡の前に座らせると、その完全スッピンの顔を覗き込む。

 

「こんな場所でのマナーとかも私――」

「喋らないで顔上げて」

 

 いまだにグチグチと不安を零すシャノンを、問答無用で化粧を施す形で黙らせた。

 毎朝、フィロメニアの身支度をしている身からすれば、田舎娘を多少ドレスアップさせることなどお手の物だ。


 そもそもシャノンは元から整った顔なので、塗りたくらなくとも軽い化粧で十分に映える。


「ん~っぱ、ってして」

「ん~っぱ、ん~っぱ……」

「声は出さないでいいんだわ」


 そうして塗った口紅を唇に馴染ませ、アタシが指で整えれば完了だ。

 シャノンを姿見の前に立たせる。

 

「背筋伸ばして、顔上げて、ちょっと顎引いて。……口! 口開いてるって!」

 

 姿勢を矯正させると、そこにはヒロインに相応しい美少女が立っていた。

 

「すごく……綺麗、です……」

「それアンタよ」

「ふぁ……」


 また口開いてる……。

 シャノンは天然というか、本当に何も知らないのだろう。


 今も自分の姿をまじまじと見るのにポーズを取るとかではなく、ぎこちない動きをしている。

 腕を上げて、鏡ではなく自分を見下ろすその姿はまるで盆踊りだ。そんなこと言っても伝わらないけど。


 アタシはもう一度、シャノンの姿勢を正して、呆然とする彼女に言い含めた。

 

「今、鏡に見えてるこのままの姿を殿下に見せてきなさい。別に飲み食いしなくても、踊らなくてもいいから。それだけで良いの」

「うん……」


 心ここにあらずといった感じの返答に、アタシはこめかみを掻く。

 本当にわかってんのかな……。

 

「でも、どうして?」

「ん?」

「どうして、ここまでしてくれるの?」


 自分でもわからない。別にアタシがシャノンに手を貸さなくても、きっと物語は勝手に進む。けれど、アタシはベンチで顔を伏せたシャノンを見過ごせなかった。


 この子がゲームのヒロインだからだろうか。それもあるかもしれない。


 けれど、もっと強く感じた使命感は――。


「アタシは公爵家のメイドよ。ナメないで。あんなところで暗い顔してるアンタを見捨てたら、フィロメニアの顔が立たないでしょ」

「フィロメニア、さん……?」


 アタシは不思議そうにするシャノンの背中を会場へ向けて押し出す。

 この子は今、余計なことを考えなくていい。


 一度は折れた心を、勇気を出して再起させた。

 それだけで、アタシにとっては手を差し伸べる理由になる。

 

 気高く生きるよう両親に育てられ、誇り高く振るまえと公爵家に教えられたアタシには十分すぎるほどに。

 

「ほら、グズグズしてると終わっちゃうわよ。行ってきなさい」

「うん……! ありがとう、ウィナちゃん!」


 ――ウィナちゃん、か。

 

 けれど、そんなものはこの子には関係のない話なのかもしれない。

 その屈託のない笑顔を見ることができただけで、アタシは使命感など忘れるほどに満足してしまったのだから。


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