11:ハンカチを濡らして

「学園はどうだ? フィロメニア」

「まだ二日目ですが今のところ不自由さは感じません」

 

 次の日、本格的な学園生活が始まった二日目の放課後、フィロメニアの部屋をある人物が尋ねていた。


 青色の髪が混じった金髪を長く伸ばした、つり目気味の美男子。

 髪も顔もフィロメニアとよく似ている。


 それもそのはず。


 アタシたちとテーブルを挟んで座る彼の名は【ファブリス・ノア・ラウィーリア】。

 フィロメニアのひとつ年上の実兄だ。

 

 そして、ついでに言うと攻略対象の一人でもある。

 

 乙女ゲーでもキザでプライドの高いモテ男という設定だが、公爵家の次期当主である自分に媚びを売らないヒロインに対し、興味を持つという流れで恋愛に発展していくキャラクターだ。


 ゲーム中ではモテ男にしては珍しく、ヒロインに対し熱心にアタックを仕掛けてくる根は素直な性格だった。

 けれど、いかんせんこれまでに努力せずモテてしまっていたせいで不器用でヘンテコな誘い方しかできず、やたらと学園中で顔を合わせる半分ストーカーみたいなヤツである。


 けど、今のアタシから見たファブリスの評価は少し変わっていた。

 アタシもお屋敷で働いていたのだから、ファブリスと会話したことは一度や二度じゃない。

 

 お屋敷では実家ということもあって稚拙な部分が隠せていないものの、割と親切な性格だったと思う。


『ウィナフレッド。どうだ? 遠方から取り寄せた希少な毛皮を使った外套だ。似合うか?』

『わぁ、あったかそう! よかったですね。ファブリス様』

『あ、ああ……』


 という風に気軽に声をかけてくれていたし。


『ウィナフレッド。手が空いているなら私に茶を淹れろ』

『畏まりました』

『言っておくが私は茶にはうるさいぞ。砂糖など――』

『はい。ミルクでお出ししたものに砂糖が三つ、でしたよね。メイド長から聞いています』

『あ、ああ、それで……いい』


 こんな感じでフィロメニアよりも数段扱いやすかった。それに加えて。

 

『ウィナフレッド。そんな重い荷物をその細腕で持つつもりか?』

『いや、これ割と軽いんですけど』

『私が持ってやる。どこまで運ぶのだ?』

『はぁ……。ではお嬢様の私室まで……』


『ふっ、ふっ……はぁっ、はぁっ……。こ、こんなものか……』

『ありがとうございます。ファブリス様。さすがは男の子ですね』

『お、男の子……? ふっ、そうだろう。なら礼にお前のくちび――』

『あっ、ファブリス様、さっさと出ましょう。お嬢様は勝手に私室に入られるのが嫌いなんですよ!』

『あ、ああ……そうだな』

 

 という風に使用人のアタシにも親切にしてくれていた記憶がある。

 

 なのだが……。

 

「えー!? ファブリスの妹さん、超可愛いじゃん!」

「ホントホント! わたしもこんな妹欲しかったな~!」

「そうかい? 身内ではよくわからなくてね。君らの美しさなら僕にもわかるのだが」

「やだー! ファブリス様ったら!」

 

 いざ久しぶりに学園で会ってみると、その両横に女子生徒を侍らせていた。

 あれ、こんなバカっぽい人だったかな。なんで妹の様子を見に来るのに赤の他人を連れてきちゃったんだろう。

 

 そう思いつつ紅茶をいれるアタシへ、ファブリスの視線が向く。


「どうだ? ウィナフレッド。今になって後悔の念が湧いてきたのではないか?」


 え、いや、なんの話……?

 

「……? いえ、特に今のところ何もありませんが……」


 アタシは思い至る節がなく、素直に首を捻った。

 すると、ファブリスの顔は急に曇り出し、風船がしぼんでいくように背中が曲がっていく。


 それまでふんぞり返ってこれでもかと口角を広げていた状態からの急転直下の様子に、フィロメニア以外のアタシを含めた全員が心配そうにファブリスの顔を覗き込んだ。

 

「……二人ともすまないが少し外してくれ」


 その言葉にファブリスを挟んだ女子生徒たちが顔を見合わせて怪訝そうに聞く。

 

「えぇっ、なんでですかー……?」

「気分とか悪い? 大丈夫?」


 ファブリスは問いには答えず、うなだれてひらひらと手を振った。

 

「いいから行け……」


 急速に生気を失った彼にそう言われ、女子生徒たちは不満げな顔で部屋を出ていく。

 その間にもフィロメニアは静かに紅茶を啜っていた。


 こういうときの彼女は関心がない風を装ってその実、物見を愉しんでいることをアタシは知っている。

 その態度がまだ終わっていないことにアタシは嫌な予感がした瞬間――ファブリスが物凄い勢いで立ち上がった。

 

 

「ウィナフレッド! どうだ!? 今の私は!?」

「おわぁっ!?」


 声がデカい。

 腕を広げて必死に何かを表現するようなポーズで声を上げたファブリスに、アタシはあやうく持っていたポッドを落としそうになった。

 

 けれど、そう言われても言葉に詰まる。

 正直に「ちょっとバカになりました?」などと言えば無礼の前にファブリスの心を破壊しかねない。

 フィロメニアの兄とはいえ、まだ彼も十六の青年だ。色々あって聞いているのだろう。

 

 そう考えたアタシは熟考の末に。

 

「あっ!」


 ファブリスの顔に希望を見出したかのような明るさが戻る。


 なんだ。アタシも他人を観察する目がまだまだ未熟だ。

 答えは簡単なことだ。けれど、それをしっかり声に出して褒めてあげることこそ、思春期の男の子には大事なのかも。

 

 アタシは満面の笑みで答えた。

 

 

「ちょっと髪型変えました?」

「くそおおぉぉぉぉぉ!」

 

 

 ――ファブリスは煌びやかに涙を流しながら出ていってしまった。


 すごいなぁ。一応、乙女ゲーの攻略対象だけあって去り際もイケメンだ。

 けれどなんで泣き出したんだろう……と、こめかみを掻いていると、ティーカップを置く音と共に笑い声が上がる。

 

「ふふっ……。くっくっく……!」

「なんで笑ってんの?」


 笑い声の主はフィロメニアだ。

 顔に手を当てて面白くて仕方がないといった様子にアタシは聞く。

 

「兄上も学園で多少は女の扱いを覚えたようだが、お前に対してはてんで駄目なままだな。兄上は女を侍らせる自分を見せて、お前に嫉妬してほしかったのだろうよ」

「えぇ……? なんでぇ?」


 アタシは思わず顔を歪めて聞いてしまう。

 別に嫌悪感を感じたわけじゃない。なんでそんな無駄なことをしたんだろうと幻滅したからだ。


 ヒロインであるシャノンへならともかく、アタシを嫉妬させて何か意味があるのだろうか。


 意図がわからず首どころか体まで傾げていると、フィロメニアがため息をついた。

 

「お前の鈍さも筋金入りだな。兄上は昔からひとつのことに執着する事が多かっただろう。しかも、一目見て気に入れば手に入るまで諦めない。まぁ、手に入ればすぐに興味を失う飽き性でもあったが」

「あー、服とか珍しいものとか好きだったね」

「そこにお前も入っている」


 ……ん?


「はぁ!? アタシ!?」

「お前が屋敷で働き始めてすぐからだ。私のそばにいてはさぞ近づきにくかっただろうが、隙を見て声をかけられていただろう」

「あ~……」


 確かにファブリスには少なからず声をかけられていた。

 それがフィロメニアの言う通り、アタシに好意を持って接しているとすれば、親切だったり見栄を張ったりしていたのも頷ける。


 けれど――。

 

「あれじゃアタシ、わからんわ」

「はっはっは! 我が兄ながら哀れな男だ」

「え、でも、マジで困るんだけど。全然タイプじゃないし」

「兄上は無能だが陰湿な男ではない。お前を譲る気は毛頭ないが、真っ当に振り向かせる努力はするだろう。受け流せ。ラウィーリア家の長男なのだ。少しは骨のある男になってもらわねば困る」

「妹とは思えないくらい上からだよね……」

「実際、上なのでな」


 フィロメニアの言う通り、お屋敷の使用人の間でも長男ファブリスよりも妹のフィロメニアの方が優秀というのは共通の認識だ。

 それは別にファブリスが特に劣っているという意味ではない。

 運動、勉学、魔法、その他全てにおいて、小さい頃から誰よりも優れているフィロメニアが原因だ。


 そんなのが妹にいるファブリスに対して、アタシは同情の気持ちがあった。

 

 人生二週目のせいだろうか。

 ファブリスの行動は自慢したいお年頃の少年を見る微笑ましいものに見えたのだ。


 だからこそ、ファブリスの好意に気がつかなかったのかもしれない。

 まぁ、気がついてたとしても何が変わるわけでもないんだけれど。


 それに、今後もあまり気にしなくてもいいのかもしれない。


 なにせもうじき、ファブリスはシャノンに一目惚れするがあるのだ。

 出会い方は特にロマンチックなものではなく、彼から一方的に気に入られ話しかけてくるイベントだ。


 そして、平民を正妻にすると言い出したファブリスに反対したフィロメニアが、なんとか二人の仲を引き裂こうと暗躍するという流れになる。

 


 ……なんだろう。この世界の常識に慣れてから考えると、理屈では圧倒的にフィロメニアの方が正しい気してきた。

 

 

 どうしても一緒になりたいのなら、シャノンを妾にすればいいのだ。

 貴族ならば妻以外の女性を愛して金銭的に世話をすることはステータスでもあるのだから。


 けれど正妻にすることを固く譲らない辺りは乙女ゲーの所以か、それともファブリスの意地なのか。


 そんなことを考えていると、不意に扉が叩かれる音がした。

 アタシは素早くティーポッドを置いて扉を開ける。

 そこに立っていたのは寮のスタッフだった。


「失礼致します。フィロメニア様にお手紙が届いておりますので、お届けにあがりました」

「手紙? はい。ありがとうございます」


 入寮してすぐに手紙なんてどこからだろう。

 好奇心をそそられながらも、アタシはチップと引き換えに手紙を受け取る。

 

「フィロメニア~。手紙だってさ。開ける?」

「いいや、よこせ」

「あっ、うん……」

 

 ペーパーナイフはどこだったかな、と思いつつ聞くと、意外な答えが返ってきた。

 アタシにはフィロメニアのプライベートを探る趣味はない。

 けれど、それは普段から彼女がアタシに対してオープンだからだ。

 

 珍しくアタシに見られたくないものらしく、アタシは客に出したカップを片付けるために離れる。

 そうして少しばかり時間を作って戻ってくると、フィロメニアの表情にはどこか硬いものがあった。

 

「どったの?」

「……なんでもない」


 フィロメニアは持っていた手紙を窓に放り、炎の魔法で燃やし尽くしてしまう。

 手紙は火を残すことなく、細かな灰となってどこかへ消え去っていくのだった。


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