栞
小狸
短編
脳髄に虫が
足が細長く、胴体が黒い丸の、
壱匹、弐匹と湧いたと思ふと、次第に
初めは単調であった虫の像は、重なり、重複し、
右から左へ、左から右へ。
増殖し
足跡は、点である。
足の先が点なのだから、当たり前である。
ほんの一瞬。
脳髄の膜を少しだけ浸蝕するものの、
牙や爪は無い。
其の虫が駆け
一体全体
脳髄の重要な部分の外側の、何かを
判らないが、前頭葉や脳幹などが喰い破られる訳では無いのだから、気に
さういう感覚に陥る事が有る、と
只、其れだけの話である。
虫は、薄膜の向こう側を、走る。
何かに追われているかのやうに、
如何して走っているのか、
膜を通してでは、声が通じぬのやも知れぬ。
さう思い、一度、膜の外側に出てみた事が有る。
私は、動く事が出来なかった。
私は、脳髄の外に出てしまったのである。
一瞬。
虫が私の身体を覆い尽くすまで、
只、其処に在るだけである。
そして、黒い。
黒い点が、視界の内側に重複してゆく。
眼球がこそばゆい。
肉体の表面という表面に、虫が
虫は思考にも入って来る。
白色の画用紙に、黒い点が在る。
点。
点。
点。
点。
点。
点。
点。
点。
点。
点。
点。
其れは
画用紙の外へと
発狂しそうになるのを、何とか抑圧する。
足を上り、手に下り、顔に張り付き、口に触れ。
虫が耳の中へ這入り、鼓膜に触れようとしたところで。
私は目が覚めた。
大汗をかいていた。
時刻は未明であった。
如何やら小説を読んでいる最中、寝入ってしまったやうである。
何処まで読んだか判らなくなった。
起き上がって、本を取った。
さう思い、
其処には。
一匹の小さな座頭虫が。
点は、平面になった。
(「
栞 小狸 @segen_gen
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