ウヒョウビル




「ウヒョウビルですか。

うひょっ、って感じですね。」


セイの住んでいるビルに来た六花はそこを見上げて言った。

六花は神社で着替えたようで微妙なセンスの私服になっていた。


「送り迎えもパトカーかい。」


ビルの入り口近くでセイは声を掛けられた。

時々見かける一階の定食屋のおやじの三芳だ。


「あ、ああ、どうも。」


三芳が少しばかり嫌な顔をする。


「警察沙汰みたいな面倒くさい事は止めて欲しいね。

ここらに住んでいる人やうちは真面目な店だからな。」


すると六花が前に出て頭を下げた。


「私は高山六花と言います。

実は十上さんの所に行く予定だったのが迷っちゃって……。

警察に相談したらパトカーで十上さんを迎えに行ってくれたんです。」


にこにこと笑う六花を見て三芳が慌てて頭を下げた。


「迷子ってことかい?」

「そうです、私はひどい方向音痴なんです。

お巡りさんが親切に十上さんを迎えに行ってくれて助かりました。」


三芳は首をひねった。


「ケーサツはそんなに親切なものかね。」

「ええ、とても良くしてもらいましたよ。

ここのお巡りさんは親切ですね。

私はこの辺りは全然分からないので

色々と教えていただけると嬉しいです。」

「あ、ああ、まあこちらこそ、よろしく。」


毒気が抜かれたような顔で三芳が返事をした。


「うちは割烹だけど定食屋みたいなものだからな、

食べに来てよ。」

「お酒もありますか。」

「あるよ。なんかあんた面白いな。」


さっきまで胡散臭げに二人を見ていた三芳だったが、

今はにこやかに六花と話をしている。

三芳はどちらかと言うと気難しそうな男だったが、

みるみる様子が変わっていくのを見てセイは不思議な気がした。




セイの部屋はウヒョウビルの3階にある。


ビルは見た目は古いが中に入って六花は驚いた。


「物凄く綺麗ですね。」


部屋は白と黒を基調にした整えられたおしゃれな部屋だった。

無駄なものは何一つない。

六花には独身男性の部屋とは思えなかった。


「高山、座れ。」

「ドラマみたいだわ。」

「汚れているのは我慢できん。」


セイが部屋のソファーを指さした。


「座れ。」

「はい、失礼します。」


と六花が一礼をして座った。


「真面目だな。」

「はい、真面目です。」


言い方は堅苦しい感じはする。

だが彼女にはどことなくお茶目な雰囲気がある。

先の三芳がすぐに馴染んだのはセイにも分かる気がした。


「ところで高山、お前は鬼に遭ったのか。」

「はい、先週です。街に出かけていたらいきなり。」

「昼間か。」

「はい、周りに人がいたので人気ひとけのない所まで逃げて、

その先で封印しました。」


セイはため息をつく。


「それで大丈夫だったのか、と言うか

今ここにいるからなんともないか。

俺の獲物は楔だが、お前は何で戦うんだ。」

拳骨げんこつです。」


セイは一瞬何を言われたか分からなかった。


「……、なんと言った。」

「げんこつですよ、拳骨。グーで殴るんです。」

「グー?」

「光っている所を殴るんです。すると封印できます。」

「そんな事で封印できるのか?」


セイの顔を見て六花がにやりと笑う。


「私には秘密兵器があるんです。」


セイには二の句が継げなかった。


「……秘密兵器って、」


しばらくしてセイが言った。

六花が自分の額を指さす。


「ここにもんが出るんです。

それを鬼が見ると動けなくなるんです。」

「紋……、」


セイは六花の額を見た。

前髪が額の中程に切り揃えられている。

額は広い。


「恥ずかしいからあまり見ないで下さい。」


六花が両手で額を隠して上目遣いでセイを見た。


「オールバックにしろって言われたんですが、

絶対に嫌だと言ったら半分切られました。

おでこを出すのが嫌なんです。」


そこはむしろオールバックにした方が良かったのでは、と

セイは思った。

かなり変わった髪型になってしまっている。


「あ、ああ、すまん、しかし、紋って一体……。」

「私の家系の言い伝えなんですけど、」


彼女が額を指さす。


「私の家系は茨島神社の巫女です。

そして女の人は額に紋が出て鬼を退治出来るそうです。」

「退治?」

「ええ、私も信じていなかったのですが、

この前鬼が出て目が合ったら動かなくなりました。

その隙に白い光の所を殴ってやりました。」


呑気な顔で六花が言った。


「怖くなかったのか?」

「怖かったですよ。でもあの人がお前なら出来るって。」

「あの人?」

「夢に出て来た人です。

その人が十上さんには楔を渡せって。

白い光を狙えと言ったのもその人です。」


セイは何やらキツネにつままれたような気がして来た。


今時鬼が出たという事だけでもおかしな話だ。

だが実際、セイは鬼を見た。

それは本当であるとしても、

目の前の六花が言う夢の話は一体何だろうか。


セイは大きくため息をついた。


「俺はな、未だに色々な事が信じられんのだ。

鬼は見た。

だがもしかすると

精神に異常が出た人かもしれんとも思っている。」

「そうですよね。」


六花はあっさりと言った。


「何にしても明日から街を歩きましょう。

美戸川室長からそう言われています。

とりあえず何日か時間を変えて歩けという事です。」


美戸川の名が出てセイが嫌な顔をした。


「室長はお嫌いですか?」

「大嫌いだ。」


セイが吐き捨てるように言った。


「そうですか、私も好きではありません。」


セイがはっとした顔をして六花を見た。


「室長は遺伝学の権威で神職にも就かれています。

あの茨島神社の最高責任者です。

私は一応あの神社の巫女ですし、

今回は私も命がかかっているので断れません。

十上さんがなぜ狙われるのか分かりませんが、

それは知りたくないですか?」

「……それは確かにそうだ。」


六花がセイを見た。


「でも室長の十上さんの扱いは理解出来ません。

十上さんの了承は得なくていいって……。」


六花の顔は真剣だった。


「……俺はただの物扱いだからな。」

「物、ですか?」


彼女の表情が驚きに変わった。


「それとな、俺の事はセイと呼んでくれ。」

「セイですか、苗字でなくていいんですか。」

「構わん。」

「……分かりました。」


少しばかり不思議そうな顔をして六花が返事をした。


「なら私も六花と呼んでください。」

「……分かった。」


六花がにやにやとする。


「急にバディっぽくなって来ましたね。」


そんな彼女を見てセイは少しばかり呆れて返事が出来なかった。






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