第2話 クビあり不運あり



いや、まじか…。


俺はぼっーとした状態で自分のデスクの上の荷物をまとめる。おそらく、はたから見た俺の顔は生気を抜かれたみたいになっているんだろうなぁ。


俺は降りかかるミスの擦り付けで、最初はクビになると思っていた。でも毎回それを回避してきたから、日ごろのうっ憤を晴らすつもりで少し調子に乗ってしまっていた。権藤ごんどう部長に口答えしなければよかったんだろうな。いや、もう遅いか…。


俺はたった今、職を失ってニートになってしまったんだ。


「クライさん手際悪-い!家でまともに片付けもできていなさそうですね~!」


鳥田とりたはどうやら、俺がここからいなくなる最後までいじり倒すつもりらしい。俺は鳥田には言い返さず、もくもくとデスクの上を片付けていく。


黒井くろい君!」


俺が荷物をほとんどまとめ終えたくらいで、後ろから声がした。


「あ、佐畑さん…。」


振り返ると、外出から帰ってきた同僚の女性社員の佐畑美里さはたみさとがいた。


「さっき聞いたけど…、クビになったって本当?黒井君なにかクビになるようなことした?」


佐畑さんは、俺と同期で入社してともに同じ部署で頑張ってきた人だ。もともと、もう一人の同僚と三人で食事に行っていたが、その人がいなくなってからは、俺が人との、特に異性とのコミュニケーションをとるのが少し苦手なのがあって、会話が減ってしまった。それでも、佐畑さんは俺を気遣ってか、時々昼飯を食べに連れて行ってくれたりする。同僚というより友達に近い存在かもしれない。


「俺が無能でミスばかりするからクビなんだってさ。」


俺はそれだけ言って、荷物の入った段ボールをまとめて、部署の出入り口に向かう。


「待って、そんなのおかしいって!不当解雇でしょ?!」


佐畑さんは驚いて、慌てて俺を追いかけてきた。


…。


「ごめん佐畑さん。今まで昼時に誘ってくれてありがとう。俺この会社で一人の時が多いから、うれしかった。でも、これ以上迷惑はかけられないよ。佐畑さんは女性だから大丈夫だと思うけど、部長に目をつけられて欲しくないから。本当にごめん。」


「え、いや、そんな、黒井君!」


俺は佐畑さんの声を背中に受けながら、足早に部署を後にした。








「あ、来た」


俺は走ってくるタクシーに向かって手を振る。今日は荷物も多いし、電車はやめた。タクシーが自分の前に止まり、俺は乗り込む。


「どこまで行きます?」


運転手の中年の男性が聞いてくる。


「隣町にある『スーパーくらしや』までお願いします。」


『スーパーくらしや』は、俺が一人で住んでいるマンションのすぐ近くにあるスーパーだ。いつもここで夜飯の材料を買ったりしている。


「分かりました。」


タクシーが進みだした。会社がみるみる視界から離れていく。


「…あれ?」


ふと、俺の頬が濡れていることに気づいた、そしてみるみる視界がぼやけてくる。


「ああ…」


うん、そうだ。俺、頑張ってきた会社クビになっちゃったんだもんな。もうやめたら次はないって思って過ごしてきたから、余計苦しかったんだ。


会社では強がって、抑え込んでいた感情が、一人になって一気にあふれ出してしまった。


「くっ……ううっ……」


俺は、運転手さんに極力聞こえないように声を殺して泣いた。


「お客さん?大丈夫ですか?」


ちょっと前かがみになっていたからか、運転手さんに心配されてしまった。


「すみません、大丈夫ですよ。」


俺は鼻声にならないように運転手さんに答えた。ハンカチで涙を拭いて、席にもたれかかる。なんか、どっと疲れたな…。眠気がすごい。少しぼっーとしているとすぐに気を失ってしまいそうだ。


そうして何度か意識を失いかけて、そのたびに短い距離だからと自己暗示をかけて、寝ないように自分の腕をつねっていた。


そして、タクシーが見慣れた景色の前で止まる。


「お客さん、つきましたよ。」


運転手さんが俺に呼び掛ける。俺は体を起こして、財布をカバンから出す。


「1490円です。」


「はい」


俺は財布から1000円札を二枚出して、お釣りをもらい、段ボールをもってタクシーを出ようとした。


ジャケットがドアについていたフックに引っかかった。


ドサッ

「ぐえっ」


俺は後ろにひっぱられて、前のめりに倒れる。


「お、お客さん!大丈夫ですか?!」


運転手さんが慌ててタクシーを降りて俺に駆け寄ってきた。

神様…。こんな時なんですからそそくさと帰らせてくださいよ…。


その後、運転手さんは段ボールから飛び出した荷物を一緒に回収してくれた。どこか怪我をしていないか聞かれ、大丈夫だと伝えると、頭を軽く下げて、運転手さんはタクシーに乗り込んで、走って行った。


「はあ、疲れた…。」


大きなため息をついて、俺は自分の住む1LDKのマンションに向かう。


重い足で階段を上って通路を歩き、鍵を開けて中に入る。


段ボールを雑において、カバンを放り出して、そのままベットに倒れこんだ。


「疲れた…疲れた…あ。」


俺はそのまま眠りにつこうとして思い出した。まだゲームのログインをしていない。陰キャの俺の唯一の楽しみはゲームだ。家庭用ゲーム機でもスマホのゲームでもパソコンのゲームでも、とにかくいろんなゲームをやっている。


もう今日は何もかも忘れてゲームに没頭しよう。久しぶりの長期休みだ。とことん遊んでやる。次の仕事は…。明日の自分に任せよう。今日は仕事のことは考えたくない。


とりあえずまずはスマホゲームのログインからするか。何だったら今日は時間があるし、クエストの周回もしよう。


そう思って俺はスマホの入っているスラックスの右ポケットに手を突っ込んだ。


「…あれ?」


いつも手に当たる固い感覚がない。俺は起き上がって左ポケットや後ろのポケット、放り出したカバンの中までくまなく探した。無い。


「あ」


そして、さっき転んだ時のことを思い出す。


俺は急いで外に飛び出し、自分がタクシーを降りた場所に向かった。


「…。」


道路に、画面がバキバキになった自分のスマホがあった。そしてまた一台のトラックが、俺のスマホを轢いて走って行った。



神様。俺不運すぎませんか…。

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