両片想いでラブコメで!~想い人一筋なのに、隣人の金髪碧眼美少女がやたらとちょっかいかけてくるんだが?~

金谷羽菜

第1章

第1話 仏頂面少年、隣人の金髪碧眼美少女に通せんぼされる

 六月某日ぼうじつの、とあるマンション前。

 仏頂面ぶっちょうづらをした学ラン姿の高校生らしき少年は、大いに苦悩していた。


 原因は、目の前に立ちふさがっている一人の少女だった。



 彼女の名は藤島ふじしまイーリス。仏頂面の少年が通う高校に、少し前に転校して来た少女だ。

 その上、今住んでいるのは、少年の家(マンションの一室)の隣だった。


 彼女の両親は、共にスウェーデン人なのだが、父親は幼い頃に他界している。

 母親も、彼女が小学生の時に他界しており、今は、日本人の義父に扶養ふようされている身だ。


 容姿は、一言で言うと〝超絶ちょうぜつ美少女〟。

 大袈裟おおげさだと思われるかもしれないが、そう言い切っても決して過言ではないと、日本人の約九割は納得なっとくすることだろう。


 ……いや。特にデータの収集などはしていないが。


 澄んだ勿忘草わすれなぐさ色の瞳に、ふわふわと軽やかに揺れる、プラチナブロンドの髪。白雪と例えるのが正解と思えるほどの、白磁はくじを連想させるきめ細やかな肌。

 きっと誰もが、彼女が視界に入っただけでも、必ず一瞬は、見惚みとれてしまうに違いない。



 それほどの美少女が、これから学校に行こうとしている、ごくごく一般的な高校生に過ぎない少年の前に、立ち塞がっていた。


 超絶美少女イーリスに、〝通せんぼ〟されている少年の名は、楠木結太くすのきゆうた

 公立高校二年三組。生まれつきの仏頂面が特徴の、ほんの少し(?)だけ口の悪い少年だ。


 彼が何故、美少女に通せんぼされているかと言うと――……。




「イーリス、いー加減にしろよな。オレは一人で登校するって言ってんだろ? もー二度と、おまえを自転車の後ろに乗せて、学校行ったりしねーって、オレは心に誓ったんだ!」


 無言で対峙たいじしていることに疲れたのか、結太はキッパリと言い放った。

 それに対する、イーリスの返答は。


「どーして? 同じ学校に行くんだもの。ついでに乗せて行ってくれてもいいじゃない。何故そんなに嫌がるのよ? アタシには、ちっとも理解出来ないわ」


 結太は深々とため息をつく。

 〝何故嫌がるのか〟は、もう何度も何度も、彼女に説明して来ているのだ。


「だーかーらぁ……。オレには好きな人がいんだよ! おまえを後ろに乗せて登下校なんてしてたら、絶対に誤解されちまうだろーがッ!! それが嫌だから、おまえとは一緒に登校しねーんだって、うんざりするほど繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し、説明しただろ!? まだわかんねーのかよッ!?」


 念押しの意味も込め、げんなりしつつも、大声で主張する。

 イーリスは両腕を組んで仁王立におうだちし、ぷうっとふくれっ面をしてみせてから、ぷいっと横を向いた。――そんな仕草ですら、反則だと思えるほどに可愛く見えるのだから、困ったものだ。


「ふーんだっ。そんなことわかってるわよ! 結太は桃花が好きなんでしょっ? こっちだって、うんざりするほど聞かされて、耳タコよ耳タコっ!」


 最近ではあまり聞かなくなった表現でねてみせるのも、憎らしいほど可愛らしい。

 結太は再び、大きなため息をついた。



(……わかってんなら、さっさとどいてくんねーかな? いくら自転車通学ったって、そろそろ出ねーと、遅刻しちまうんだけどな……)



 ほとほと困り果てている様子の結太を、横目でチラリとうかがいながら、イーリスはペロリと舌を出した。

 結太は遅刻を気にしているようだが、遅刻しそうな時間まで彼の足止めをするのが、彼女の目的だったからだ。



 結太は、いつも不機嫌そうな顔をしているし、口も悪いが、根は優しいということを、彼女は充分理解している。

 どんなに嫌がっていても、遅刻しそうなイーリスを、たった一人置き去りにして、学校に行けるはずがないのだ。


 ギリギリまでねばれば、絶対に、『しょーがねーな。今日だけだぞ?』などと言い、乗せて行ってくれるに違いない。

 その時が訪れるのを、彼女は待っているのだった。



「あーーーっ、たく! マジでいー加減にしてくれよ! いつまでもこんなとこで、グダグダしてる暇ねーんだよ! 遅刻しちまうじゃねーかッ!」


 苛立いらだちを隠そうともせず、頭をきむしりながら結太が告げると、イーリスは内心ほくそ笑む。

 が近いと確信したのだ。


 もう一押しの言葉を発するため、彼女が口を開き掛けた、次の瞬間。


「――やはりな。こんなことだろうと思った」


 背後から聞き覚えのある声がし、イーリスはハッとして振り返る。

 ……あんじょう、黒塗りの高級車の額縁がくぶちのような窓枠から、学ラン姿の美少年が顔をのぞかせていた。


「龍生!」


 天の助けとばかりに、結太が嬉しそうに彼の名を呼ぶ。

 イーリスは、少々下品ながらチッと舌打ちし、忌々いまいましげに美少年をにらんだ。



 突然高級車に乗って現れた、この美少年の名は、秋月龍生あきづきたつおという。

 この辺りでは知らぬ者はいないであろう、超名家のお坊ちゃんだ。

 家柄はかなり違う二人だが、今は亡き結太の父親が、彼の家の専属料理人だったことが縁となり、幼い頃からの知り合い――要するに、幼馴染というわけだった。



 龍生は車内から結太に向かい、


「今から自転車で学校に向かっても、完全に遅刻だぞ。早く乗れ。ついでに送って行ってやる」


 そう声を掛けると、彼はホッとしたように表情をやわらげた。


「ありがとな、龍生! あせってたから助かったぜ!」


 たちまち満面の笑みを浮かべ、結太は小走りで後部座席のドアに近付く。

 龍生はイーリスに視線を移すと、


「藤島さんはどうする? もしよければ、結太と共に送って行くけど?」


 張り付いたような笑顔でたずねるが、イーリスは、ほんの一瞬、考えるような表情をしてみせてから、ふいっと顔を横に向けた。


「結構よ! あなたに借りを作る気はないから!」


 両腕を組み、顔をそむけたまま仁王立ちするイーリスに、龍生はフッと笑みをこぼす。――これは作り笑いではなかった。


「そう。では、僕達はここで失礼するよ。また学校で会おう」


 結太が後部座席に乗り込むのを確認してから、龍生は、運転手の安田に、車を出すよう指示する。

 結太は、『えっ?』と言うような、驚いた顔で龍生を見つめたが、車は無情にも発進した。




 走り去っていく車のバックドアガラスに、心配そうに、何度も後ろを振り返る、結太の顔が見える。



(……フフッ。やっぱり、こんな時でも結太は優しいわね。あんなに一緒に行くのを嫌がってた、アタシの遅刻の心配までして)



 思った通りだと言うように、イーリスは満足げな笑みを浮かべた。


 仁王立ちしたまま車を見送った後、制服のスカートのポケットから素早くスマホを取り出して画面をタップし、耳元に当てる。


「――あ、国吉? 今すぐ下に来て。遅刻しちゃうから。――そーよ。バイクで送ってってほしいの。――え? どうしてまだ、下にいるのかって?……う、うるさいわね! いーでしょ、べつに! 余計なこと言ってないで、さっさと来なさい! 早くしないと遅刻しちゃうじゃない!――いい? 一分よ。一分で下りて来て! いーわねっ!?」


 一方的にまくし立て、イーリスは電話を切った。



 電話の相手は、イーリスのボディガードをしている国吉七海くによしななみだ。

 名前だけ聞くと女性を連想してしまうが、身長は百八十以上という、細マッチョタイプの、れっきとした男性だった。


 彼の特徴をひとつだけげるとすれば、聞けば誰しもうっとりしてしまうほどの、美声の持ち主ということだろう。

 もう少し説明を加えると、イーリスいわく、『無駄に色気がだだれてる声』――だそうだ。



 ボディガードが付いていることから、すでにお気付きの方もいると思うが、彼女も龍生同様、お金持ちのお嬢様だ。

 つい最近まで、生徒の半数以上が良家の御息女ごそくじょと言われている、私立の聖令せいりょう女学院に通っていた。



 その、〝超〟が付くほどのお嬢様が、何故わざわざ、結太のいる公立高校に転入して来たのか――?



 残念ながら、その答えを知るのは、彼女ひとりきりだった。

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