第5話 美しき戦士、心に火を灯す
城の回廊を歩く翼の足が、ある部屋から聞こえてきた澄んだ声に引き止められた。
部屋の扉が少し開いており、中からは女性が詠む和歌の音色が漏れていた。
興味を持った翼は、そっと部屋の中を覗く。
「誰だっけ?」と翼が問いかけると、女は驚きつつも落ち着いて返事をする。
「失礼しました元親様、私は藍と申します。侍女として奉公させていただいておる者でございます。
この城の美しさに心を奪われ、思わず和歌を詠んでしまいました。」
翼は藍の美しさに目を奪われるが、彼女の眼差しに秘められた鋭さにも気付いた。
彼は藍の詠む和歌に興味を示し、会話を続ける。
「難しい事はわからないんだけど、君の歌には心を映す鏡のような力がある気がする。それにしても、そんな知識どこで学んだの?」
藍は微笑むと、翼の質問に対して巧みに答えた。
「幼いころから多くの書物に触れ、学ぶことができました。知識は女性にとっても武器になるのです。」
翼は藍の知識に感銘を受け、さらに深い話に花を咲かせる。
やがて、彼らの会話は戦術や戦の歴史に及び、藍は翼に新たな戦術を提案する。
「この地の地形を生かせば、敵を翻弄することができます。山は盾となり、川は矢となるのです。」
翼は藍の提案する戦術に感心し、試しに彼女の案を取り入れることにする。
そして、その翌日、城は突如として敵に襲撃される。
翼は家臣たちと共に迎え撃つが、戦況は厳しいものだった。
その時、藍が戦闘に参加することを申し出る。翼は当初反対するが、藍は自分の能力を説き、翼を説得する。
「私には戦う理由があります。元親様と共に戦いたいのです。」
藍の力強い言葉と、戦いへの覚悟に心を打たれた翼は、彼女を戦列に加えることを許す。
そして戦いが始まる。藍は卓越した剣技を披露し、翼の命を何度も救う。
猛将としてならす盛山の武勇にも、決して引けを取らない程の戦いぶりだった。
(一騎当千とはこのことか!)
戦いが終わると、翼は藍に深い感謝の意を示し、彼女の過去を聞く。
すると藍は地べたに頭をこすり付け鬼気迫る物言いで話し始めた。
「処罰を覚悟で申し上げます!私は一条兼定公に遣わされた間者です!
でもここで生活していく中で、元親様の人となりと、この地で感じた絆の深さに心を動かされました。
……もし許されるのであれば、今はただ、元親様のために剣を振りたいのです。」
翼は心から驚いたが、短い時間でふと先程までの戦いを振り返っていた。
もし藍が俺を殺すつもりなら、いくらでもチャンスがあった。
それにはじめて藍を見かけた瞬間から、何か運命の様なものさえ感じていたのだった。
翼は藍の手を取り、微笑みながら語りかけた。
「剣だけじゃなく、また歌も詠んで欲しい。」
藍は、少し肩を震わせながら小さな声で
「……はい」とつぶやいた。
しかし、一条氏といえば土佐の国司。強大な相手だ。
その一条氏が間者をこんな中枢にまで潜り込ませていたのか……。
史実通りにいけば、いずれ戦いそして勝たなければならない。
そうすればいよいよ土佐の統一が成る。
この藍との出会いが大きなきっかけになるのかもしれない。
藍の登場は、翼にとって新たな力となり、彼の心にも新たな火が灯ったのだった。
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