ハイボール・ランニング

ノーネーム

第1話 酔杯~Winter cup~

日も暮れそうな頃、ある酒場にて。

俺は今、あの憧れのポニーテールの先輩と二人で飲んでいる。

やばい、緊張と興奮を隠し切れない。

「おつかれ~」

「お疲れ様です!」

ジョッキで乾杯。そしてぐい、と煽る。

「かぁ~ッ」

「美味いねぇ~ッ、労働の後のビールはッ!」

仕事の一大案件がようやく終わり、ここは祝いの席だ。

「ほんと、新人なのによく頑張ったね~、偉いね~。吉田ぁ。」

「いえいえいえ、先輩にお力添えいただいたおかげです!」

「こら、酒の席でかしこまらないの~。」

「はい。すみません。」

「あ~もう、吉田だけに話しちゃうね。」

お、俺だけに。

「なんでしょう?」

「あたし、転職しようかと思って。」

「えっ?転職ですか?」

「そ。あたし、○○なら年収1,000万は下らないみたいだしぃ。」

「ああ、○○今、すごい調子いいですもんね。」

「そ~なのよ。わざわざ今の会社で働き続けるより、合理的?」

「う~ん、でもうちの会社、先輩で持ってるようなもんですからね~。

先輩にいなくなられたら、みんな困りますよ。」

「そんなのわかってるけどさ~。」

あ、酒が切れそう。

「先輩、次、何飲みます?」

「じゃ~ね~、ハイボールで。」

「いいっすね。じゃあ俺もハイボールで。店員さん、ハイボールふたつ。」

「かしこまりました。」

すぐに、ハイボールが届く。

「じゃ、もっかい乾杯。」

「かんぱーい。」

「吉田さ、あたしのこと好きでしょ。」

「ぶっ」

「私を追う目、わかってんよ~。」

「えっほえっほ、そ、そんなことな、ない…ですよ…?」

「だ~め。営業なら、もっとハングリー精神出さないと。ほら、好きなんでしょ?」

「で、でも、先輩には内田さんが…」

「それとこれとは別。ほ~ら。」

「そりゃす、好き、ですよ。」

「やっぱり~。もう、かわいいんだから~。」

先輩。先輩先輩先輩。俺をいじめて楽しいですか。俺は楽しいです。

と、そこに。

「よーう、吉田~。」

「⁉う、内田さん?ど、どうも、お世話になります。」

「はは、遅くなったな。」

「ごめん、言ってなかったっけね。実はこの人、呼んでたの。」

「…ああ、そうだったんですか~。」

「お、ハイボールいいな。すいませ~ん!ハイボールみっつ~、濃いめで~。」

「かしこまりました。」

すぐに、ハイボールが届く。

そこから先、内田に死ぬほど酒を飲まされ、

先輩のとろり、とした「メスの顔」を見せられ、店を出た。

路上にて。俺は吐いている。

「なっさけねぇなぁ~、あんくらいで。」

「す、すびばせん…うっ…」

「じゃ、俺らハシゴしてから帰るから。お前も帰れよ。じゃな~。」

「じゃあ吉田。気を付けて帰ってね。おやすみ。」

「は、はい。先輩たちも…おやすみなさい。」

冬の飲み屋街を抜けると、夜風が吹き抜ける。俺は叫んだ。

「先輩好きじゃあ~‼」

ヤンキーにドロップキックされた。

今宵のハイボールは、ほろ苦かった。

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ハイボール・ランニング ノーネーム @noname1616

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