第2話 事故


 私は人より家族の数は少ないけれど、それでもたっぷりの愛情を注がれてきたと思っている。

 

 ……数年前に事故で両親を亡くした私は祖母と犬のハルと一緒に生活を送っていた。

 当然資金面で苦労する事が多々あったため、私は早期にそれをどうにかしようと考えていた。

 その結果、取った手段が配信業というのもなんて言うか博打臭いと言われそうだが、結果を見るのならば割と成功だったと思う。

 少なくとも現状かなりの資金を調達出来ているし、祖母にもハルにもしっかりとした食事を食べさせられている。

 ……ハルに関しては安めのドッグフードしか食べないという、こちらにとってはありがたいようななんというかって感じの偏食っぷりなので、割と早い段階で高いドッグフードを食べさせる事を諦めたが。

 個人的には、彼はお父さんお母さんの形見みたいな存在なのでもっと贅沢させて上げたいのだが。

 

 人間関係にも、私は恵まれている。

 配信業をする際に私は配信グループに所属する事にしたのだが、そこで私は多くの友達を作る事となった。

 現在、私は『プリン一家』というグループに所属しており、ユナという名前で配信を行っている。

 やる事は主に三つ。

 一つは家で行う配信。

 一つは会社で行う配信。

 そしてもう一つは、ダンジョンで行う配信。

 

「はい、と言う訳で案件です! 案件配信です!」

 

『プリン一家』の長女役、ヒナ姉さんがカメラに向かって言う。

 既にダンジョンに入っている私達はそれぞれ武装を手に専用のカメラの前に立っている。

 ヒナ姉さんはスナイパーライフルを、私は大楯を、そしてもう一人……

 

「私達『プリン一家』だけで行う案件は初めてだよね。ね、ユナちゃん?」

 

 もう一人の姉、ルカ姉さんの言葉に私は「はい」と元気よく言葉を返す。

 

「会社としてはようやっと『プリン一家』単独で案件を任せても良いって判断したって事でめでたいです!」

「あはは……そう固くならないで? 普段通りに行こうね」

「と言う訳でいつも通りシールダーのユナが前、スナイパーの私が真ん中でクラウンのルカが後衛ね」

 

 そんな訳で私達はいつも通りの隊列を組んでダンジョンに潜り始めた。

 ちなみにルカ姉さんのクラウンという役職は主に仲間に強化を与えたり敵に虚弱効果を与えたりする事をする、いわゆる縁の下の力持ち。

 攻撃手段としては水の糸を用いて敵を縛ったりそのまま切り裂いたりする。

 

 そうやって私が前方を警戒しながら進み、やって来るモンスターを大楯の隙間からヒナ姉さんが撃ち抜き、そんな私達をルカ姉さんが強化する。

 そんな風にいつも通りの光景。

 ある意味予定調和とも言える光景を案件配信で見せちゃっても良いのかなと思ったりもした。

 気の利いた冗談は二人に任せているが、しかし私も何か言った方が良いのだろうか?

  

 そのように思っていると、不意に前が開けて大きな広場へと私達は足を踏み入れる事となった。

 ダンジョンの中でそのように広い場所となるとパターンは二つ。

 一つはモンスターが不可侵となっている休憩エリア。

 そしてもう一つは――

 

 

「っ!」

 

 巨大な炎の球が前方から飛来する。

 それを大楯で防ぐと同時に、暗闇の中から魂そのものを震わせるようなおぞましい絶叫が鳴り響いた。

 どすん、どすんと地響きをさせながら現れたのは――巨龍。

 ワイバーンではない、四足二翼の漆黒のドラゴン。

 ……その瞬間、ヒナ姉さんがいつもの声量で緊迫した声色で言う。

 

「みんな、撤退します」

 

 私はその瞬間後衛へとなり、あのドラゴンの攻撃を防いでみんなが逃げ切るまで背中を守る役割を担う事となった。

 

「ルカ」

「はい!」

 

 と、その前にヒナ姉さんがあからさまに普通じゃない色をした銃弾をライフルに装填し、構える。

 そのライフルを支える様にルカ姉さんが水の糸でそれを固定して――

 

 

 

 ドッッ!!!!

 

 

 衝撃、そして着弾。

 もうもうとドラゴンの頭部が白い煙で覆われ、そして――

 

 

「……」

 

 次の瞬間、私達は地面に伏していた。

 

「……ぅ」

 

 何が、何が起こったのか。

 分からない。

 分からないが、兎に角今のまま倒れたままだと危ない、あのドラゴンの餌食となる。

 震える身体に鞭を打って何とか立ち上がろうとし、身を守るための盾を探す。

 二人の姿は近くにはなく、しかし龍はじっとこちらに対して敵意に満ちた視線を向けてきていた。

 あ、これは。

 

 死――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ワンっ』

 

 それは。

 

 おもむろに、唐突に、ダンジョンの中に鳴り響いた。

 おおよそ現実的とは思えない……否。

 日常の現実、その象徴だったからこそこの場所ではあまりにも浮いてしまう、そんな音。

 

「ぇ……は、」

 

 ハル?

 そこにいたのは、ハルだった。

 私の家族、お父さんお母さんの形見。

 それが、どうして、いや、それ以前に、危ない。

 ここは危ないから、早く逃げて。

 そう叫びたかったけど、喉が痺れて上手く声が発せられない。

 呆然となる私の前で、ハルは地面を蹴って私の方へと走り寄り。

 

 

 

 

 

 途中、落ちていた剣を、口で咥えた。

 

 大地を、蹴った。

 

 宙を、舞った。

 

 ……次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 剣光。

 眩い光が剣から発せられてダンジョンを眩く照らす。

 それはまさしく邪を断つ光。

 振り下ろされた刃はまるで豆腐のようにドラゴンの首を切り裂いていって――

 

 

 どすん。

 

 

 宙を舞ったドラゴンの首、それが地面に激突する。

 そしてそれを確認した途端、ハルは剣をぽろっと零して私の方に駆け寄って来る。

 

「は、ハル……?」

 

 頬をぺろっと舐められる。

 記憶にある限り、初めての経験のような気がする。

 

「……くすぐったいよ」

 

 ハルは、私の心が落ち着くまでずっとそうして私の近くにいてくれた。

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