芥悪態

小狸

短編

『お前の小説なんて、誰も読んでないから』


 そんなことを言われた。


 エックスでのダイレクトメッセージでの話である。


 正直SNSエスエヌエスにはうといので、小説の投稿と、閲覧数が一定以上を超えたことへの感謝以外には使わないようにしている。


 小説の投稿、と言った。


 私は趣味で小説を書いている。


 いや、それはやや誤謬ごびゅうがある。


 趣味と言ったけれど、実際には、小説家になりたいと思って、小説の公募新人賞にも投稿していたり、ネット上で小説を発表していたりする。


 元々飽き性なところもあるけれど、3年近く続いている。


 そんな中で。


 見知らぬアカウントから、メッセージが届いた。


 恐らく、捨てアカウント――と呼ばれるものなのだろうと思う。


 アイコン画像は設定されておらず灰色の人型で、フォロワーもほとんどいない。


 Xを開始した時期から察するに、数日前に新しく作ったものなのだろう。


 私を叩くためだけに。


 その人は、更に続けてこう言っていた。


『小説家を目指しているみたいだけど、絶対無理だから』


『本気でなりたいならXなんてやめろ』


『そうやって小説のことだけ投稿して、自分は謙虚ですってアピってるつもりだろうけど、意味ないから』


『内容はいつも陰鬱だし、皆不快になるって言ってる』


『正直苛つく』


『そのままじゃ、読者は離れてくよ』


『気持ち悪い』


『死ね』

 

 等々などなど、である。


 終盤に至るにつれて、徐々に当人の感情が露わになっていった。


 これ以外にも色々とメッセージが届いていたけれど、全てを洗いざらい書いてしまうと大人気おとなげないし、下手すると誰か特定できてしまうので、この辺りにしておく。


 まあ、それにしても、ひどい言われようである。


 死ねって。


 普通に恐喝じゃないか。


 今やネットが世を席巻する令和れいわである。

 

 極論、顔が見えなければ何でも言えてしまうところが、また怖い。


 最近でもニュースになっていた。


 熊の駆除に際して安全圏から「可哀想」「命を大切にしろ」などとクレームを入れる者がいると知り、「想像力の欠如した暇人もいるものだなあ」などと他人ひと事のように思っていたけれど、ついに私事になってしまった。


 アンチがつけば立派なクリエーターの証拠、なんて言う人もいるけれど、誰しもがその讒謗ざんぼうに耐えうる精神を持っている訳ではない。


 実際、このメッセージを見た日は、一日中落ち込んでいた。


 どうしてこんなことを言われなければならないのだろう。


 誰のことも傷付けていないというのに。


 いや。


 なんて、ないのかもしれない。


 例えば私は、前述の通り、ある一定以上の閲覧数や評価数(私の投稿しているネット小説サイトでは、読み終えた小説に対して星三つで評価を行うことができるのだ)を得た小説は、


「お読みいただきありがとうございます」


 という文言を添えて、Xで改めてポストするようにしている。


 それは何のことはない、数えきれないほど沢山の物語がある中で、自分の小説を読んで下さった方への感謝の意――のつもりであったけれど。


 それが気に食わなかったのかもしれない。


 私が閲覧数や評価数を、自慢しているように見えたのかもしれない。


 この人が指摘している通り、私の小説は、陰鬱な私小説である。最近のネットを席巻している異世界転生や悪役令嬢などといった要素は微塵も入っていない。でも、それでも読んでくれる方は、確かにいる。それが嬉しいから、そういったポストを始めたのだが――。


 こうして見知らぬ人からダイレクトメッセージが届くのなら。


 いっそ辞めてしまおうかな。


 そんな風に思う。


 Xをではない。


 稿、だ。


 公募の方に出している小説はまた別にある。別段、ネット上にアップする理由は、無いのである。むしろ私が投稿することで傷付く人がいるのなら、足を抜いたって良いのかもしれない。


 見知らぬ人が指摘するよう、私の小説は陰鬱である。


 それは時に、人を不快にさせよう。


 当たり前である。


 好き好んで陰鬱を摂取しようと思う者は少ない。


 不快、不愉快。


 負の感情である。


 そんな自分は排斥されるべき――か。


 そんな風に思って、小説投稿サイトへと行った。


 アカウントの削除は、ボタン1つで簡単に行える。


 今まで書いてきた小説は、長短編合わせて100を超える。


 長編の話数分けも含めたら、200は軽く超えているだろう。


 まあ、だから何だよという話である。


 数を書けば、量を書けば偉いという訳でもあるまい。


 サイトには、もっと長く、多く書いている人がたくさんいる。

 

 その中の一人が、消えるだけ。


 世界は何も変わらない。


 所詮私は、作家ですらない――ただの作家志望の社会人である。


 なりたいけれど、なれてはいない。


 アカウントを消したところで、私が死ぬ訳でもない。


 人を傷付けてまで、小説を書くことが、私の目的なのか。


 気持ち悪い、死ね、とまで言われたのだ。


 私が書き続ければ、その罵詈雑言は続くだろう。


 アカウントを変えて、手を変え品を変え、私への讒言ざんげんを届けるだろう。


 毎日怯えながら通知欄を見るなど嫌である。


 もう――潮時だろうか。


 そう思って、自分のアカウントにログインした。


 その折の話である。


 通知欄が、赤く光っていた。


 感想が1つ、ついていた。




「いつも読んでいます。執筆活動、頑張って下さい!」




 ああ。


 なんだ。


 なんだよ。


 全く。


「…………」


 思わず、笑ってしまった。


 私って奴は、本当に、分かりやすい。


 たったそれだけの言葉。


 応援の声。


 それだけなのに。


 救われてしまったじゃないか、報われてしまったじゃないか。


 思い出して、しまったじゃないか。


 そうだ。


 すっかり、忘れていた。


 忘れかけて、全てを手放してしまうところだった。


 私の小説を、読んでくれる人は、楽しみにしてくれる人は、のだ。


 は、どんな悪口あっこう讒謗でも揺らがない。


「よっし」


 腕まくりをして、パソコンの前に向き直った。


 そうだ――そんな言葉なんかに、負けてたまるか。


 折れてたまるか。


 曲がってたまるか。


 泥臭くとも。


 汗臭くとも。


 それでも。


 小説家になるために。


 そして。


 私が私であるために。


 今日も私は、小説を書く。




(「あくた悪態あくたい」――了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

芥悪態 小狸 @segen_gen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ