おじと姪が結婚することは認められませんが

海坂依里

第1話「職権乱用って言葉を実現させるために」

 自分には、姉という存在の人がいたと思う。

 いたと思う。

 なんて曖昧な表現だろうと、自分でも思う。


「この新作アプリ、白雪奈湖しらゆきなこちゃんがメインヒロインに決まって……」


 自分には確かに姉がいたはずだけど、年齢が15以上も離れているのだから実感が湧かなくても当然の気もする。

 こっちが学生をやっている頃には、既に姉は社会人として独立。

 更には入籍、子どもを授かるという過程を経ているものだから、血の繋がった姉というよりは親戚のお姉さんという感覚の方が強かった。


「奈湖ちゃんって、現役中学生声優だっけ?」

「春から高校生!」


 自分には、どちらかというと姉が授かった子ども……姪に当たる女の子の方が、実の妹のように多くの時間を共にしてきたと思う。

 なんといっても、彼女とは年齢が近い。15以上も離れている実の姉だったら、年齢差が5で済む姪の方が実の妹らしくて違和感もない。


「現役中学生声優って、最近増えてきたよなー」

「まあ、学業が忙しすぎて、あっという間に高校生になる子がほとんどだけど」


 彼女の存在があったから、幼少期の自分は寂しい思いをしなかった。

 彼女の存在があったから、幼少期の自分は夢を持つことができたのだと思う。


「ん」


 近くにいた2人組の男たちの会話に耳を傾けていると、期待していた着信を知らせる振動が俺を現実に引き戻す。


「もしも……」

四十内あいうち先生!」


 着信があったから、電話に出た。

 ただ当たり前の行動をとっただけなのに、電話主はだいぶ不機嫌な声で俺のことを迎えた。


「どうでした? 新作のプロッ……」

「却下! 却下! 全~部却下! 使い物にならない!」

崎田さきたさん、もう少し落ち着いた方がいいですよ」

「落ち着いていられるかっ!」


 酷いという言語を使っても怒られないくらい、俺は酷く落ち着いていた。

 電話をかけてきた崎田さんは、酷くご立腹のようだった。

 まるで正反対。

 正反対だからこそ、人は面白い。


「また送ります。次は30くらいまとめて……」

四十内あいうち先生……」

「どうかしました?」

「何度も何度も何度も言っていて申し訳ないくらいだけど……」


 やっと、崎田さんの声が落ち着いた。冷静になってくれた。


四十内あいうち先生は、物語を書く才能……皆無だから」

「知っています」


 姉と兄がいてもいないような環境で育った俺は、1人で絵を描く遊びに夢中になった。

 一人遊びだった絵描きに姪が加わって、揃いも揃って俺の画力を褒め称えた。

 調子に乗った俺は、絵を描いて描いて描きまくったその結果……。


「今でも十分売れっ子なんだけど……満足できない?」


 贅沢な暮らしを望まなければ、一生暮らしていくくらい稼ぎある人気マンガ家になることができた。

 イラストレーターとしての仕事もいただいて、これ以上の贅沢は望めない。

 それくらい充実した日々を送ることができている。


「原作者の先生にばかり負担……かけたくなくて」

「負担になんてなってないと思うよ?」


 贅沢な暮らしを望まなければ、一生暮らしていくくらい稼ぎはある。

 それは事実だけど、大ヒットマンガ『literal sky』は2人の共作。


「出版社を救ってくれた神作品『literal sky』は、作画の四十内識あいうちしき先生。原作の西園寺由依さいおんじゆい先生の2人で完成させている作品。誰もが2人のことを認めている。私が保証するっ!」


「……ありがとうございます」


 画力に優れてはいるけれど、物語を生み出す力が皆無だったマンガ志望の俺。

 物語を生み出す力は優れているけれど、物語を読み物として表現する能力が皆無だったラノベ作家志望の西園寺由依。

 俺たちを引き合わせてくれた編集の尽力もあり、四十内識あいうちしきと西園寺由依が組むことで俺たちは最高の作品を生み出すことができた。


「最終回の予定があるわけじゃないでしょ?」

「それはそうなんですけど……もっと仕事……したいっていうか……」


 四十内識あいうちしきと西園寺由依の共作『literal sky』は、しばらく最終回の予定はない。

 現在放送中のアニメも、オリジナル展開を交えながら放送を続けてもらえるくらいの人気を誇っている。

 食べていく分には、まったく困らない。

 むしろ、これ以上の仕事を得たいなんて贅沢すぎる考えだということも分かっている。


「識くん……そこは、かっこつけなくていいよ……」

「っ」


 崎田さんの声に、失望の色が混ざり始める。

 電話越しだとしても、崎田さんがかなりがっかりしている姿が目に浮かぶ。


「はい、どうぞ。本音を暴露してみなさいな」


 崎田さんは、俺のことをよく知っている。

 そりゃあ高校時代から付き合いのある編集なわけだから、俺に関することは物凄く詳しい。


「……姪の白雪奈湖と一緒に仕事がしたい……」

「声が小さい」

「言えるか! こっちは公共の場にいるんだよ!」

「はいはい、四十内あいうち先生が姪馬鹿なのはよ~く分かってます」

「…………」


 馬鹿にされている気がする。

 馬鹿にされている気がするけれど、言い返す言葉も浮かばない。


「とりあえず、四十内あいうち先生に原作は任せられません」

「…………はい」

「でも、姪でもあり現役中学生声優……春から高校生だっけ? の、白雪奈湖さんと一緒に仕事がしたいという気持ちは理解しています」


 なぜなら、すべては事実。

 否定する必要のない、事実なのだから。


「今の仕事に集中して、それから……」

「……新しいプロット送ります」

「勘弁してください……」


 崎田さんとのやりとりを終え、俺は電話を切る。






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