第7話 誰よりもよく
「デイジーは言うなればプロトタイプなの。実験的な要素が多いのよ。細かくメンテをしたいから一般販売には向かないと、そういうことなんだけれど」
肩をすくめて彼女は言った。
「ねえトール」
「はい」
「デイジーをお嫁さんにしない?」
「……はい?」
トールは目をぱちくりとさせた。
「あの子のデータを見てるとね。いまだに下がらないの、〈トール〉のプライオリティ。これって、あの子があなたを好きになったからなんじゃないかと思って」
「ちょ、あの」
彼は目をしばたたいた。
「僕もデイジーのことは好きですけど」
「あら、相思相愛。よかったわ」
「そういうんじゃないです、お判りとは思いますが」
こほん、と咳払いをしてトールは言った。
「――サラは、ロイドが恋をするなんて、思うんですか?」
「そうね」
彼女は髪をかき上げた。
「そうしたプログラムを組めば」
「あ」
「何?」
「い、いえ、その」
リンツェロイドと「心」。それは〈トール〉にとってとても気になる――答えはずっと昔から出ているにもかかわらず、何かあるたびに店主に尋ねてしまう、言うなればプライオリティの高い題目だ。
だがこのときトールは、それについて「考える」よりも、サラを凝視していた。
「その……ピアス、きれいですね」
「ええ? ああ、これ」
思いがけないことを突然言われたためであろう、サラは一瞬だけ「何の話か判らない」という顔をしたが、すぐに理解した。
「アクセサリーに興味があるの? それとも、女性にお世辞を言うオプション? もっとも、そういうときは『似合いますね』と言うものよ、〈トール〉君」
「に、似合います、とても」
慌ててトールは言った。サラは笑った。
「嫌だ、そう言いなさいと強制したみたい」
「あの……それ、どこかで落としたりしませんでしたか」
「え?」
「すみません、おかしなことを言いました」
すぐさまトールは謝罪した。
「それとよく似たものを……見かけたことがあって」
彼のポケットに入りっぱなしの小さな片割れ。通信機能つきでも何でもない、ただのアクセサリー。
小さなトパーズ、銀の細枠。突飛でも独創的でもないデザインだが、よく似ていると感じた。
「なくしたらつけられないわねえ、普通」
「そう、ですよね。もちろん」
ごまかすようにトールは笑った。
「でもこれに目をつけるとは、なかなかね。ウォルト・テイラーの新作なのよ、これ。知っている? テイラー」
「聞いたことがあります。でもずいぶん古いデザイナーじゃありませんでしたか」
「あーら、言ってくれること」
片眉を上げてサラはトールを軽く睨んだ。
「す、すみません。ただ、確か、流行したのは十五年以上前の」
「そうね。彼が派手な宣伝を打たなくなって久しいわ。でも時折、思い出したように新デザインを出すの。いまでも彼のファンは多いのよ。私も、言うなれば彼の追っかけね」
本人を追うのではなくその仕事を追う。サラの言うのはそういう意味だ。正しいファンの道ではないかとトールは思った。
「あの……」
彼は躊躇ったが、思い切って続けた。
「見せていただいても、いいですか」
「ピアスを? かまわないけれど」
サラは片方のそれを外すと、トールに手渡した。
手のひらに乗せられた、重さも微量にしか感じられないその装飾品は、例のものにとてもよく似ていた。
いや、「似ている」という段を通り越し、同じデザインであるように。
「――判った」
「え?」
「女の子にプレゼントを考えている!」
サラは彼に指を突きつけた。
「……サラって」
トールは目をぱちぱちとさせた。
「面白いんですね」
「何だ」
違うのか、と彼女は指を引っ込めた。
「『僕ら』の恋愛なんて、馬鹿げているでしょう。そうしたオプションが正規に出ないのは、『人との誤認』を進めることになるからというのが第一でしょうが、何より、需要もないですし」
「あるわよう、需要は。山ほど」
クリエイターは両手を広げた。
「ただ、恋愛はどうしても肉体関係につながるでしょう。協会、及び世間はセクサロイドを認めていないもの。禁じられてこそいないけれど、おおっぴらにやれば眉をひそめられるわ。クレームも出るでしょう。だから表で仕事をするクリエイターは手を出さないのよ」
裏はともかく、と苦笑いを浮かべて、サラは続けた。
「需要があると言っても、リンツェロイドを買おうという層が既に限られているんだから、絶対数は少ない。世間、殊に、反ロイド団体に目をつけられてまでロイドに恋をさせようとする技術士はまずいないわね」
でも、と彼女は呟いた。
「フィルはその辺り、我が道を行っているみたいだから」
「マスターが?」
「あなたは恋愛くらいできるんじゃないの? トール君」
「まさか」
またしても、トールは言った。
「うちのマスターは変わったこともしたがりますけど、恋愛オプションは彼の方向性と違うと思います」
「そうかなあ。昔はよく、彼と話したものよ。ロイドにプログラミングする感情の数々について。いまはもう、シンプルに数値をいじるだけで微妙な差異が表現できるソフトが出回っているけれど、当時はクリエイターたちが創意工夫を重ねてて」
でも、と彼女はまた呟いた。
「時間は流れたわね。私も彼も、学生時代からはずいぶん変わってしまったし」
それはトールにとって、不思議な感慨だった。
彼は変わらない。
もちろん、プログラムを差し替えられたり、追加されたりすれば「変化した」ことになるだろう。だが、時間の経過は、彼にはあまり意味がない。部品が劣化することはあるが新品に交換できるし、そういう意味合いとも別だ。
トールには、昨日も六年前も大して変わらない。
アクセス頻度は違うものの、どちらも同じ「過去のデータ」だ。同じ形式で記されている、文字と数字の羅列。
「そう言えば学生の頃だったわね。テイラーの作品が初めて世に出たのは。最初は小さな扱いだったわ。ドレスの添え物的な扱いでね。その後も一流と言われるほど売れた訳じゃなかったけれどそこそこ有名になって、私は最初から目をつけてたんだぞーって、嬉しい反面、ちょっと悔しく思ったりしたっけ」
くすりとサラは笑った。
「本当にプレゼントとかじゃないの? 買いたいなら紹介するけれど?」
「い、いえ。本当にそういうんじゃないです」
トールはピアスを返した。
「……紹介? 紹介してもらえないと買えないんですか?」
「そういう訳じゃないわ。ただ、たまたま入ったお店で出会うものじゃないわね。いまどきは『ウォルト・テイラー』の名前だけでは売れないみたいで、置いてあるところは少ないの。たいていのアクセサリー店なら問い合わせれば入れるでしょうけれど、彼の店に直接オーダーした方が早いことは間違いないから」
「そうですか……」
「――今度こそ、判った!」
「えっ」
「これと同じものを身につけていた人物のことが、気になって、いる!」
再び、サラはトールに指を突きつけた。彼は返答に詰まった。
誤りでは、ない。
「ふふん、図星ね? そうか、やっぱり恋をしているのね、トール君。残念だなあ、デイジーは失恋か」
「違いますってば!」
これには、すぐに反論した。
「僕の話だけじゃなく、デイジーだって。その、クリエイターたるあなたにこんなふうに言うのも気が引けますが」
前置きをしてから彼は続けた。
「たとえサラ、あなたが言うようにデイジーが僕のプライオリティを下げないのであっても、それはあなたのプログラムが働いた結果であって、デイジーや僕がどうこうという問題じゃないでしょう」
「……つまんない考え方ねえ」
「はい?」
トールは目をしばたたいた。
「それきっと、フィルの悪い影響ね。どうせあの人、AとBを足したらCになるはずだ、ほらご覧、なったよ、くらいのことしか言わないんでしょう」
「は、はあ?」
「クリエイターはもっとロマンを持つべきだわ。そう言っておいて」
「は、はい、伝えます。でも」
「でも?」
「――クリエイターは、本当のことを誰よりもよく知っているのに、どうして」
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