未来は気まぐれに満ちている
@wakumo
第1話 親友ってなに…?
『二人で旅に出よう!』という話が突然沸いて出た。
お互い常識を超えて物事に共感するということに縁遠く、想像するのも不可思議なほど人に惑わされない個人主義で、協調性なんて言葉とは生まれながらにして無縁。傍目的には、最強の変人…コンビ。
どちらがどちらを引っ張っているのか二人を知るものは理解に苦しむチグハグ感の中でギリギリ共存している。
自己分析するならば、自分を百パーセント受け入れてくれる友達なんてこの世にいるはずも無いと、暗いオタク気質の依子は自分を卑下してそう思い、このまま孤独な人生を送るんだなと飄々と達観している。
反対に佐和子は、何事にも分析力が勝り、理詰め過ぎて引かれることはあっても軽くお茶でもなんて友好的に自分を相手にできる奴なんてこの世にいないと肯定的にそう思う…
遠回りは骨が折れる。何をするにしても物事を合理的な方向に考えることを好んでしまう。落ち着いて相手の身になって話をゆっくり聞こうなんて顔は絶対しない。そこは、想像通りの共通点。
そんな面倒くさがりの二人が、今日の計画さえままならない二人が、まさか二人旅しようなんて…
何度考えてみてもあれは奇跡としか言いようが無い。一生に一度、二人に訪れた天下分け目の暴挙。
とにかく酒好きで、お酒が入ると人と話すのを好み、一方的に、相手の気持ちなど考えもせず話し込みながら、時間の許す限りぐだぐだと飲んでいたい佐和子と、人づきあいにはまったくもって関心の無い、アクティブに動くのが苦手な、半分人生を諦めた感のある引きこもりの依子。
佐和子から船旅で小笠原へ行こうと誘われた。意外過ぎて返事に迷う。返す言葉を探すうち断るタイミングを失して、どんどん行く方向に話が転がる。
佐和子が相手?でも船旅ならのんびりできるんじゃないかと、もはや回転の止まった頭の中で勝手にイメージする。
多分…彼女の相手は、長い船旅で出会う顔も知らない話好きな誰かが引き受けてくれるんだろうと、他力本願に構えてぼんやりした意識の中で小刻みに頷いてしまった。
それ以降…二人で会った時に飛び出す話と言えば、いかに休暇を有意義に過ごすかという佐和子の『小笠原完全満喫旅行計画』。彼女は初めての船旅に最高の喜びを見つけ出そうと、ウェブ、情報誌、旅行のパンフレット、投稿サイト、ありとあらゆる資料を読み漁った。
暑苦しく話題を向ける佐和子に、積極的に反応するはずも無い依子。
自分の興味の無いものに耳を貸して、適当に相槌を打つなんて、そんな失礼なことは無いと本気で思っている依子は、残念ながら航海の中身にまったく反応を示さなかった。
なのに、佐和子は依子が引くほど、会う度に、颯爽と大海原へ航行を開始する豪華旅客船の船影に見事にはまっていく。
クルーズについて調べつくし、本を何冊も買い、ネットで検索し、『ほら見て見て』といちいち水を向ける。その言動は少々度が過ぎて、目の前に並んだ最近はやりのオーガニックブランチも気楽に口に運べない。船旅専門のHP、旅の様子を詳しく書きとめたブログ。
まったくどれだけの人が自分の趣味に高じる発表の場を持ち、これほどの情報が世に溢れていることか。仕舞いには、船舶検定を取るとか取らないとかテキストまで買い込んで…予想だにしなかった、新たな佐和子流アグレッシブ生活が、依子を押しつぶそうとしていた。
「そういうのは一人で楽しんでいただけるとありがたい」
「何言ってるの、一緒に行くのよ!本当に依子は駄目だね。楽しむということを知らない」
「それは心外だな…充分…楽しめてます。あなたとはベクトルが違う。私は今度の旅でゆっくりしたいの、夜空を眺めて、満天の星に心を洗って…街を離れて、携帯から開放されて…
ささやかにワクワクできたらそれで良いの。食べ物がどうとかイベントがどうとかまったく興味が無い」
佐和子の誘いをのらりくらりとかわし続ける。
「省エネだね。エコだよ。ゆっくりしてるじゃない。日頃から…全速力なんてありえないくせに。私は自分で言うのもなんだけど欲張りなの。美味しいもの食べて、ありとあらゆるイベントに参加して、船上パーティーを満喫して、あわよくば恋して…」
そう言ってぺろりと舌を出した。
依子はため息をつく…
「もう、お腹いっぱいです。食あたりしそう、私は放ったらかしにされても大丈夫だから。佐和子にしか味わえない船旅を満喫して下さい。楽しみって人それぞれでしょ」
依子は多分、この世で一番頼りがいの無い霞のような人類で、何事にも首を突っ込まないと気が済まない佐和子とは対極の存在だろう。
いつも心ここにあらずと別次元に逃げ込んでいる。人と関わる世界に居たがらない。怖いのだ。関わるということが、自分の手の中にない責任を派生させそうで不安なのだ。だから、あえてそこをよけて通ろうとする。それはそれで慎ましく犯し難い景色ではあるが、近くにいる親友としては心もとなくて巻き込みたくなる衝動に駆られる。
そのかわりと言ってはなんだけど、それなりに良いところはある。依子は、驚く程争いごとが嫌いなのだ。佐和子の取りとめの無い子供じみた四方山話を、時々かすかな相槌を打ちながら嫌がらずにちゃんと聞いてくれている。
「依子、あなた、お酒が駄目だから紅茶でも飲む。私たくさんもらってきたから。
昨日ファミレス行ったの。あそこでいっぱいもらって来たから。ほら、アールグレイにオレンジペコ、ダージリン。久々にあのフリードリンクは元取ったわ~。
船の上は飲み物タダなのよ。でも、部屋で飲むには持っていかないと。
ザーッと並んだ棚の中から何を選ぼうか散々迷って、怪しまれない程度に多めにチョイスして、苦労したんだから」
そんな佐和子を冷ややかに眺めて、
「よくやるね~元をとろうなんて発想がないよね。全種類欲しいなんて一度だって思ったこと無い。私の人生にはそういうの無い…」
佐和子を否定しようとは思わない。人を否定しようだなんて、そんな厄介な気持ち初めから持たない。ただ、佐和子のバイタリティーに圧倒される。
だけど…依子はわかっている。そんな佐和子がいるから多少なりともいろんなものを見たり聞いたりして来れた。ドギマギしながらも経験値を上げてきた。
この親友の存在は、人を必要としないで消極的に生きている絶滅危惧種の依子にとって限りなく大きい。
それはわかっているけど…どう考えても一人が基本なんだ。依子は暗い。仕事が仕事だったら孤独なまま終わる一生だったのだろうと思う。
ありがたいことに神からこの力を授かった。お陰で、自分とは違う世界の住人の佐和子のそばにいられる。
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