VTuberとギャル(仮)
九戸政景
VTuberとギャル(仮)
「……はあ、やっぱり屋上にいて一人で聞くのは気持ちが良いな」
よく晴れたある日の事、俺は屋上で一人ヘッドホンを使って曲を聞いていた。聞いていたのは、色々な場面で名前を聞くようになったあるVTuber達の曲で、別に曲の内容が変だとかそういうのじゃない。むしろ、カッコいい曲から少し面白い感じの曲まで色々な物がある。
けれど、俺は一般的にはオタクと言われるようなタイプであり、容姿もそれ程優れているとは言いがたい。そんな俺が少しお洒落な曲を聞いているというだけで周りからは目立つし、まだVTuberはどちらかというならサブカルの領域を出ていないのでこれだからオタクはというような陰口を叩かれて嫌な気分になる可能性もある。だから、こうやって一人で屋上まで来てヘッドホンを使って曲を聞いているのだ。
「やっぱりこの曲は良いな。別に自分が戦ってるわけじゃないのに負けたくないっていう気持ちにさせてくれるし、聞いてると一緒に歌いたくもなるんだよな」
そう独り言ちた後、俺は誰もいない屋上で歌い始めた。ヘッドホンから聞こえてくる四つの綺麗で力強い歌声と俺のお世辞にも上手いとは言えない歌声、その五つの声はいつしか重なりあい引き立て合い、その中に俺もいるかのような錯覚を覚える程だった。
そうして気持ちよく歌っていたその時、多少掠れた高音だったけれど鈴を転がしたような綺麗な声が増えている事に気づいて、俺は驚きながらヘッドホンを外した。すると、そこには俺とは別世界に生きている人間の姿があった。
「やっほ、オタク君。気持ち良さそうに歌ってるから混ざっちゃった」
「
そこにいた人物、阿出川
「あれ、オタク君。アタシの名前を覚えててくれたんだ。これまで全然絡んでないのに」
「……クラスメートなので」
それは嘘だ。本当は関わりたくないからこそ名前や顔を覚え、近づいてきたり声が聞こえたりしてきたらすぐにその場を去れるようにしているだけだ。それだけ俺は阿出川瑞穂のような人種が苦手で、よく創作物に出てくるようなオタクに優しいギャルというものを信じていないのだ。
せっかくの一人時間を邪魔された怒りと早くこの場を去りたいという気持ちでいっぱいになりながら阿出川の事を見ていると、阿出川は俺の事を指差しながらニコリと笑った。
「今歌ってたでしょ。
「え……」
阿出川の言葉に俺は驚いたが、すぐに納得した。たしかに俺が歌っていた曲を出しているグループはLOLという名前だ。だけど、LOLは最近よくメディア露出もしているし、メンバーがあるプロダクションの男性VTuberで構成されているからそういうところから名前を知った可能性は高い。よって、恐らく語り合える程の相手でもないのだ。
「そうですけど」
「やっぱり? LOL、本当に良いよね。見た目ももちろん良いんだけど、歌ってる時だけじゃなく番組で体張ってる時も応援したくなるし」
「……それを観たのは切り抜きじゃなく?」
「もちろん公式チャンネルに上がってる動画だよ。あ、もしかしてにわかとか嫌い系?」
「……ええ。正直、阿出川さんもそういうのかと思ってましたけど、“一応”番組は観てるんですね」
一応の部分を強調すると、阿出川さんは驚いた後にプッと笑った。
「あははっ! アタシ、だいぶ警戒されてんね。でもまあ、それも仕方ないっか。オタク君とちゃんと話すのもこれが初めてだからね」
「それに、そのオタク君って呼び方もあくまでもそっち側が勝手に呼んでる呼び方ですから。勝手に人にアダ名をつけてそれで呼んで面白がってる陽キャ達と話す口なんて本来持ってないので」
「あ、そういえばそうなんだっけ。それじゃあ……
俺はまた驚いた。LOL友達になろうという提案もそうだが、俺の名前をちゃんと知っていた事に驚いたのだ。
「どうして俺の名前を……」
「アタシ達だってね別に大川君達を軽視なんてしてないんだよ? けど、そっちが勝手に壁を作っちゃうから、対応に困っちゃうだけ。
たしかに中にはオタクなんてとかサブカル系なんてとかみたいに言う子もいるけど、アタシ達のグループは少なくともそういう事は言ってない。むしろ、アタシがLOLを布教してるからLOLの話ばかりしてるよ。大川君はすぐにいなくなっちゃうから知らないだろうけど」
「それは、まあ……」
「今だって大川君と話してみたくて来てみただけだったんだけど……大川君がLOL仲間だっていうならちょっと一緒に聞きたいな。という事で、ヘッドホンの片方貸してね~」
「貸してって、ちょっと……!」
俺が止める間もなく阿出川は俺の隣に座ると、慣れた手付きでヘッドホンのヘッドバンド部分を長くして俺と片方の耳をくっつけながらもう片方の耳にヘッドホンのイヤーパッドをつけた。
「み、耳が……」
「耳? ああ、たしかにくっついてるけど……あれ、もしかして女子にくっつかれて照れてんの? こういうのは役得とか思っとけば良いの」
「役得って……」
「ほら、早く再生してよ」
「せ、急かさないで下さいよ……」
俺は強引な阿出川の態度に辟易しながらも音楽を再生した。ヘッドホンからはいつものように曲が流れてくるが、正直俺はそれどころではなく、リズムを刻むよう脈打つ心臓の音がいつもより大きく聞こえていた。
「はあ……やっぱりLOLの曲は良いねぇ。ねえ、LOLだったら誰推し?」
「別に誰とか無いですけど……」
「いわゆる箱推しかぁ。アタシは
「そうですか……」
曲を聞いている間、阿出川は一人でずっと喋っており、曲に集中しろよと思いながらも不思議と俺もそれを聞き続けてしまった。そして数曲聞き終えると、阿出川はヘッドホンを外して両手を上にグッと上げた。
「んっ……聞いた聞いたぁ……! ありがとね、大川君。すごく良い時間だったよ」
「……それなら良かったですけどね」
「まあLOL友達になってくれるかどうかは任せるよ。それじゃあねー」
最後の最後まで強引で自分勝手な様子で阿出川が去っていった後、俺の携帯電話が震えだした。小さくため息をついてから携帯電話を操作すると、携帯電話のスピーカーからは落ち着いた男性の声が聞こえ始めた。
『お疲れ様です、大川さん。今、大丈夫でしたか?』
「大丈夫ですよ。元々、この時間は企画会議の時間として取ってましたから」
『さっすがは俺達のリーダー。凱なんてさっき起きたって言ってたからなぁ』
『だって、朝方までこっちはコラボ配信してたんですよ。それは眠くもなりますって』
スピーカーから聞こえてくる三人の声に安心しながら俺が黙っていると、その内の一人が心配そうに話しかけてきた。
『大川さん、大丈夫ですか? 体調が優れないのなら後日に延期しても良いと思いますが……』
「いえ、大丈夫です。さっき、クラスのギャルっぽい女子からウザ絡みされただけなので」
『うわあ、リア充だぁ。ウザ絡みとは言ってますけど、本当は嬉しいんじゃないんですか?』
「……速水さん、次の企画は雨田櫂のタイキック耐久動画とかどうですか?」
『良いですね。私は賛成ですよ』
『賛成しないで下さいよ!』
『あははっ! 余計な事を言うからだぞ、晴田』
三和さんの言葉に思わずクスクス笑った後、俺は気持ちを切り替えた。
「それじゃあ改めて始めましょうか。俺達、“LOL”の企画会議を」
『はい、小山さん』
『今日も頼りにしてるっすからね、やまさん』
『やまさん、お手柔らかにお願いしますね』
「はいはい」
速水さんの落ち着いた声と三和さんの軽いけど信頼してくれている声、晴田さんの少し弱気だけどやる気に満ちた声に答えた後、俺はVTuberの小山白斗として、そして男性VTuberグループのLOLのリーダーとして進行をしながら企画会議を始めた。
VTuberとギャル(仮) 九戸政景 @2012712
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