第13話 幼馴染と『あーん』
みんなは『あーん』というものを知っているだろうか。
そう、親が小さい子供に対して食べ物を食べさせたり、カップルが恋人相手に食べ物を食べさせたりして、うれしさやら恥ずかしさやらで悶えるやつだ。
今言ったように、親や恋人の間柄でやるのは、自然なことだろう。だが、考えてほしい。担任の先生に『あーん』をするというのは、一体どうなのだろうか。
え? そんな状況あり得ないって? そう思うなら、俺の今の状況を説明してほしい。
「ほら、早く早く。あーんしてよ」
目の前には、「あーん」と言いながら口を開けている、俺の担任の先生兼幼馴染の澪ねぇちゃん。この状況は一体なんなのだろうか。
いやまぁ、澪ねぇちゃんが『あーん』をねだりだしたのは、「俺にデリカシーがないから罰を執行する」とか言ったのが原因ではあるのだが。
俺と澪ねぇちゃんが、年の近いただの幼馴染だったら、もしかしたら抵抗なくしていたかもしれない(それでも可能性は低いだろうが)。
けど、相手は幼馴染であり、担任の先生でもあるのだ。そんな相手に対して、『あーん』をするというのは、いささか問題ではないだろうか。いや、問題行為に決まっている。
「さすがにあーんはできないよ。澪ねぇちゃん」
「どうして?」
「どうしてって‥‥そりゃいろいろ問題があるからだよ」
「問題って?」
「澪ねぇちゃんは、担任の先生だから‥‥」
「担任の先生にあーんしちゃだめって誰が決めたの?」
俺が何を言おうとも、澪ねぇちゃんは折れそうな雰囲気はない。こうなると澪ねぇちゃんは、あーんを実行するまでは俺のことを絶対に解放してはくれないだろう。大人しく従うしかないようだ。
「はいはい。わかったよ。ほら、あーん」
「あーんっ!――――ん~!美味しい!!!」
俺が、澪ねぇちゃんの弁当箱から、卵焼きをつまみ、澪ねぇちゃんの口元へ運ぶと、澪ねぇちゃんは、勢いよくかぶりつく。そして、数回ほど咀嚼した後、頬をふにゃふにゃに緩ませ、幸せそうな笑みを浮かべる。澪ねぇちゃんが、自分で作ったんだろうけど、そんなに美味しいのだろうか。
「航くんに食べさせてもらったからかなぁ。朝、自分で食べた時より何倍‥‥ううん何百倍も美味しく感じる!」
「そう‥‥よかったね」
えへへと笑いながらそう言う澪ねぇちゃんに、俺はなんだか照れ臭くなって、ぶっきらぼうな返事をしてしまう。先生としてのスイッチが入っているときは、クールな美人って感じなのに、こういう時は、小動物のような可愛らしさを醸し出してくるのだから、心臓に悪すぎる。
けど、なんだかんだ言いつつも、澪ねぇちゃんの言うことを聞いてしまう俺が一番ダメなんだろうなぁ‥‥。
「ねぇねぇ! 今度は私があーんしてあげるよ!」
「え?! いいよ、そんなことしなくても」
澪ねぇちゃんの突然の発言に、俺は慌てて首を振る。さすがにそんなことされたら、俺の身がもたない。俺がやるのとはまた違った、とんでもない恥ずかしさに見舞われることは間違いないだろう。
「えー。いいじゃんかよー。私もやりたい~」
けれど、そんな俺の気持ちは露知らず、むぅと頬を膨らませて抵抗してくる澪ねぇちゃん。そんな可愛らしい仕草に、少しだけ気持ちが揺らぎそうになるが、俺はそれをぐっとこらえる。
「さすがにだめだよ。俺があーんするだけでも、かなり恥ずかしかったのに、逆にあーんされたら、余計恥ずかしいし」
「恥ずかしがってる航くんが見てみたいな!」
にこっと微笑み、悪魔のようなことを言う澪ねぇちゃん。いや、その発言はもう鬼畜どころじゃないのよ‥‥。
あーだこーだ言いながら、澪ねぇちゃんとの押し問答を繰り広げていると、澪ねぇちゃんが最後の切り札を繰り出してくる。
「もう! わかった! 担任命令!!」
そして俺は、その澪ねぇちゃんの切り札にカウンターを――――
「はい‥‥」
――――することはできず、おとなしく従うのだった。
ちなみにこの後、ちゃんとあーんをされて、俺が恥ずかしさに悶えていると、澪ねぇちゃんに「可愛い~!」と言われ、散々にからかわれるのだった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
澪ねぇちゃんにあーんされる航くんの様子は、また別のお話で‥‥
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