第42話:魔王に接見

***


 魔王城の中に「接見の間」と呼ばれる部屋がある。

 俺はララティに案内されてその部屋に向かった。


 複雑な彫刻が施された重厚な扉を押し開けて部屋に入ると、中は広い部屋だった。

 奥には絵に描いたような立派な玉座、つまり王様の椅子があり、大柄な男性が腰かけていた。


「ただいまパパ」

「おう。お帰りララティ」


 渋い声を出した男性が椅子から立ち上がってララティを迎えた。かなり背が高い。

 黒い髪に黒いツノ。赤い瞳。とてもシャープで整った顔。


 魔王と言うとごつくていかつい男を勝手に想像してた。だけどとてもイケメンなお父様だった。


 こりゃ、超絶美形の娘が生まれるわと納得だ。

 

「で、ララティ。横にいる人間は誰かな?」

「フウマ。あたしの彼氏」

「あ、なるほど。彼氏ね。……って彼氏だと? はぁ?」


 イケメン魔王の頬がぴくりと震え、この世のものとは思えないほど恐ろしい目つきで、魔王は俺を睨んだ。


 いやめっちゃ怖いんですけど。


「ほらフウマ。挨拶して」

「あ、うん」


 ララティに肘で脇腹を突かれた。

 しっかりしなきゃ。


「ふ、フウマです。このたびご縁あって、娘さんとお付き合いさせていただくことに相成あいなりました。何とぞよろしくお願い申し上げたてまつります」


 横でララティがプッと笑った。

 悪かったな、変な言葉遣いで。

 ぶっ倒れそうなくらい緊張してんだよ。


「なんだと? 貴様、本気で言ってるのか?」

「あ、はい」

「魔王の娘に手を出すとは、よほどおのれの強さに自信があるのだな」

「えっと……どゆこと?」


 もちろん俺は強さに自信なんてない。

 魔王の言う意味がわからなくて、思わず横に立つララティを見た。


「もちろんだよパパ。フウマは強いよ」

「いや待ってララティ! なんのこと?」


 焦って尋ねたら、耳元で小声で教えてくれた。


「魔王の娘の彼氏が弱いなんて、パパのプライドが許さないんだよ。それに反対勢力に狙われることにもなるから。ここは話を合わせといてくれたら、なんとかなるから」


 まあ、そういうことなら仕方ないか。


「なるほどな。やはり強さに自信があるのだな」

「まあ、そうですね」

「よし、わかった」


 ララティの言うように、これで一件落着か。

 よかったよかった。


「じゃあフウマよ。今から戦おう。を見事倒したら、娘との交際を認めようじゃないか」

「は?」


 マジか。話が違う。

 全然一件落着じゃなかった。最悪だ。


「ちょっとパパ。大人げないことを言わないで」

「ダメだ。戦わないなら付き合うことは許さん」

「なんでよ?」

「娘を取られたくないのは、世の父親の常だ。お前なんかに大切で可愛い娘を渡してなるもんか! とにかく嫌なんだよ! ヤダヤダ!」


 いい歳したオッサンが、しかもイケメンでダンディな魔王様なのに。

 最後はもうワガママな駄々っ子でしかない。

 うーむ……俺が魔王に勝てるはずないし。どうしたらいいんだ。

 しかも、そもそも世間では魔王と戦うのは勇者の役割だよね?

 なんで俺が戦うだなんて話になってるんだ?


「フウマ……アホな父でごめん。ちょっと戦ってやって。そしたら満足すると思うから」

「いやでも、勝たないと交際を認めないって」

「まあ大丈夫だよ。フウマが一生懸命戦ったら、それはそれで父も認めてくれる。一見怖いけど、実はそういう人だから」

「そう……なのか?」

「うん」


 まあララティの言うことを信用するしかないか。

 とにかく俺は、一生懸命戦ったらいいんだな。


「わかった」

「ありがとうフウマ」


 こうして俺は、なんと魔王と戦うことになった。


***


「さあ、かかって来い。が、けちょんけちょんにしてやる」


 ちょっと待って。ララティのお父様、目が血走ってる。マジだよ。


 魔王城から外に出て、俺と魔王は勝負のために対峙している。

 身体がデカく、圧倒的な強者のオーラをその身に纏う魔王。さすがに怖いな。


「がんばってなフウマ」

「ありがとう」


 俺のすぐ後ろから、ララティが励ましてくれた。


「こらララティ! お前はなぜそっちにいるのだ!? パパを応援してくれんのか!?」

「父親より彼氏を応援するのは当たり前でしょ!」

「当たり前? なんで当たり前だ? 世の中には彼氏より親を大切にする子なんて、いくらでもいるぞ?」

「ああっ、もうっ! めんどくさい。いいからやっちゃってフウマ」


 ララティは腰に手を当てて、ぷんすか怒ってる。


 いや「やっちゃって」と言われても。

 そう言われて魔王をやっつけられるなら、それはもう俺は勇者でしょ。


 でも大好きな女の子にそう言われて、弱気なことを言うのは男がすたる。


「うん、任せとけ」


 例え強がりだとしても、こんなことを言えるようになったなんて、俺も成長したなぁ。


「さすがフウマ。カッコいいよ」

「そ、そっかなぁ……ありがと。あはは」


 なんか照れる。


「こらお前ら! なにイチャイチャしとるのだ! かかって来ぬならこちらから行くぞ!」


 あ、ヤバい。さらに魔王を怒らせてしまったみたいだ。

 魔王は両手を大きく上に挙げて、なにやら詠唱した。全身からものすごいパワーの魔力が溢れ出る。


 いきなり空が真っ黒になり、大地が激しく揺れた。

 今まで見たことがないくらい巨大な魔力の魔法だ。


 ちょっと待って。もちろん魔王はすっげえ強いとは思っていた。だけど予想の何倍も強いかもしれない。


 俺は背筋が凍った。背筋が寒くて震えるのに、なぜか額からは汗が吹き出す。

 寒いのか暑いのか、自分でもよくわからない。

 それくらい恐怖が全身を支配している。


「今のフウマなら大丈夫だ。あたしの眷属の呪いを解くほど、強力な魔力を発動したんだから」


 背後からララティの優しい声が聞こえた。

 と同時に、後ろからギュッと抱きしめられた。

 彼女の柔らかな腕が、俺の胸を包む。


「あたしを信じて」

「うん」


 それまで恐怖に支配されていた俺の心が落ち着いた。

 震えが止まる。なんだかやれそうな気がしてきた。


 よし。全力で魔王と戦おう。

 俺の全力の攻撃魔法を撃ち込んでやる。


 ララティが腕をほどき、俺から離れる。

 背中に感じていた温かみがなくなって少し寂しいが、そんなことを言ってる場合ではない。


 俺は自分の体内に意識を向けて、魔力を最大限まで高める。

 まだ高める。もっと高める。


「ふふふ、ようやくやる気になったようだな。俺の本気を受けて見ろ!」


 魔王が大きく腕を振ると、大きく揺れていた地面が突然盛り上がり、その隆起した地面が蛇のように走って近づいてくる。


「やばっ、パパ! そこまで本気出すなんて反則だよっ! 危ないフウマ! 飛び上がってよけて!!」


 ララティが叫ぶ。

 だけどもう遅い。

 俺の体内の魔力も、最大限に増大したから後は打ち込むだけだ。


超巨大な炎による攻撃魔法メヒティヒ・バッケン・グリフ!」


 今までずっと使っていた炎の魔法。

 それの超巨大版を、渾身の力で打ち出した。

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