第37話:魔族の男クォッカ
「自分の方からやられに来るなんて、その勇気を褒めてやろう魔王の娘よ」
ブゴリに成りすました魔族は不敵に笑ってる。
おかしい。前回ララティと対峙した時は彼女の強さにビビって逃げたくせに。
この強気な態度はなんだ?
「そしてフウマ。わたしはお前への怒りも忘れていない。あの時、お前も殺される覚悟をしとけと言ったよな」
確かに言われた。
俺の爆風魔法を受けて、仰向けにぶっ倒れたコイツ。よっぽど悔しかったんだろう。
「そんな能書きどうでもはいい。弱いヤツほどよく吠えるとはよく言ったものだな。だらしなく太ったブゴリに化けた魔族の男よ」
ララティ。そういう相手を煽るようなセリフはどうかと思うぞ。うん。
「その呼び方はよせ。ムカつく」
ほら、やっぱり怒らせたじゃん。
「だってあたしは貴様の名前を知らん。呼びようがない」
「クォッカだ」
「そうかクォッカ。貴様はこのフウマがちゃちゃっと倒してくれるわ」
「ほぉ。面白いことを言う
「褒めてくれてありがとう」
「褒めとらんわ! 嫌味だってことがわからんのか?」
「そんなことはどうでもいいんだが……貴様、この前はビビって逃げたくせに、今日は妙に強気だな?」
「ふふふ。別に前も、ビビってなんかおらんけど?」
いや、前回は明らかにビビって、焦って逃げ出したくせに。
「なるほどそうか」
「……は? なにが、なるほどだ?」
「貴様の魔力を高める結界魔法を張ってるな」
クォッカは一瞬黙ったあと、感心した表情をした。
「さすが魔王の娘だな。よくぞ気がついた。ご指摘のとおりだ。つまり、今日のワシは強い。そういうことだ」
「ほぉ。そうなのか?」
「まだ信じていないみたいだな。じゃあ見せてやろう」
魔族の男はニヤリと笑うと、なにやら呪文をブツブツと唱え始めた。
「うわ、眩しい!」
男の全身から鈍い光が立ち昇り包み込んだ。
そして光が収まった後に立っていたのは──
ブゴリとは似ても似つかぬ、精悍な顔つき。
服の上からでもわかる筋肉隆々の身体。
背も5割増しくらいに大きくなっている。
物理攻撃もやたらと強そうな肉体の上に、身体中から発散されている魔力がこれまた強力だ。
「これがワシの本当の姿だ」
結解で自らの力を高めたうえに、さらに本来の姿に戻って力を解放した魔族。
確かに今日のコイツは、前回とは比べ物にならないくらい、明らかに数倍強い。
こんなヤツ相手に、本当に俺が戦うのか?
「さあフウマ。こいつをちゃちゃっと倒してみようか」
「いや無理ですけどっ!?」
ララティがあまりに簡単に言うものだから、俺もつい全否定してしまった。
だって相手がめちゃくちゃ強そうなんだもの。
だけど……これは俺の訓練のための戦いだ。逃げるわけにはいかない。
「まあ確かにコイツは強いな。フウマもだいぶん苦戦するかも。でもやってみないとわからない。それにここまで強い相手と戦ったら、経験値も大きく蓄積される。がんばってみよう」
「あ、うん。わかった」
今さら後には引けない。俺は一歩前に出て、クォッカと向かいあった。
先手必勝だ。相手が様子を見ているうちに、攻撃魔法を撃ち込んでやる。
「
左手から強力な火の玉が発動する。
このダンジョンに入ってから、俺の魔力もどんどん増大している。だから今日一番の威力の魔法が発動した。
相手に一直線に飛んで行き、ヤツの全身を強大な炎魔法が包み込む。こっちにまで炎の熱が伝わるほどの渾身の一撃だ。
「やったか!?」
あれだけ強い敵を一撃で倒したかも。
俺ってもしかして凄い!?
──なんて有頂天になってのも束の間だった。
収まった炎の後から現われたのは、傷一つないクォッカの姿。
「マジか? まさかのノーダメージかよ。信じられない」
「今度はこちらの番だな小僧」
男が軽く腕を回した。それだけで男の全身から何本か雷が発生して、すべてが俺に向かって飛んでくる。
あまりにスピードが速くて、まったく避けられない。
雷の魔法が何本も俺の身体に突き刺さる。
激しい痛みと痺れと衝撃と。
それらが同時に俺の身体を襲った。
ダメだ。まったく歯が立たない。
今まで対戦した魔物たちとは異次元の強さ。
身体は痛み、痺れ、俺はがくりと膝をついてしまった。
そしてダメージのせいで、身体が思うように動かない。命に別状はないが、これはもう戦うどころじゃない。
「大丈夫かフウマ!?」
「ああ、なんとか」
「やっぱりヤツは相当強いな」
「うん。俺、情けないなゴメン」
「そんなことはない。あたしも予想以上にアイツが強くて驚いている」
「そうなのか」
「だから仕方ない。コイツはあたしが倒そう。フウマはまた次の魔物から、倒してくれたらいい」
「わかった。すまんララティ」
これだけ強い相手でもまったく怯まないララティは凄いな。
きっと俺の想像を遥かに超えて、ララティの強さはけた違いなんだろう。
そんなふうに思ったのだけれども。
このあと、ララティ自身も予想だにしていなかった苦戦を強いられることになるのである。
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