第32話:もう一度解除魔法を試す

「なあララティ。もう一度解除魔法をやらせてくれ」

「そうだな。前回は内容を理解しないまま、単に呪文を唱えただけだ。だけど今は違う。もしかしたら上手くいくかもしれない」

「よしっ、やろう!」


 ララティから正しい術式と、発動のコツをしっかりと教えてもらった。

 俺は頭の中に、ララティの身体が浄化されるイメージを浮かべた。そして右手に魔力を集中させる。


「彼女にかかりし呪いを祓いたまえ……『呪いを祓う強力な魔法アウストレーベン』!」


 おおっ! 俺の人生史上で最大クラスの魔力が手から放たれるのを感じる。そしてそれはララティの身体を包んだ。


「おっ、いいんじゃないのか? どうだララティ?」


 しばらくじっと様子を伺っていたララティが、残念そうに口を開いた。


「ダメだな。手の甲の『眷属のあかし』が消えない。解除魔法は失敗だ」

「そうなのか……」


 うーむ……残念だ。

 自分の力不足が恨めしい。


「じゃあどうしたらいいんだ? 他に眷属の呪いを解除する方法はないのか?」

「ない。かけた術者が死ぬ以外は」

「……え? それって俺が死ぬってこと?」

「そうだ」


 マジか?

 でもララティの表情は真剣だ。

 もしかして俺……殺される?


「あはは、そんな顔すんなフウマ。キミに死んでもらうなんてことは考えられない。だからフウマにもっと魔力を高めてもらって、解除魔法を有効にするしかないんだ」

「……お、おう。そうだな」


 殺そうとしてないようで良かった。


「……でもどうしたらいいんだ?」

「そうだな。キミに足りないのは魔法を使った実戦だ」

「実戦?」

「そう。実戦で経験値を高めることで体内魔力を増幅させたり、効果的な魔力の出力方法を身につけることができる。短い期間でフウマの魔法能力を高めるにはこれしかない」

「実戦って、どうやれば?」

「魔獣や魔族を探して戦うのが一番だな。相手が強ければ強いほど、戦いが本気であればあるほど、経験値が高まる」

「魔獣や魔族との真剣勝負!? それって大怪我したり、下手すりゃ死んじゃう可能性もあるってことだよな?」

「いや。あたしが一緒にいたら、少なくとも死ぬ寸前には助けるよ。そして治癒魔法をかければ問題ない」

「死ぬ寸前まではいくってことか?」

「まあ楽々な戦いだと、なかなか経験値が増えないからな。強いヤツと一戦交えたら、大怪我くらいはするだろうな」

「ゲッ……簡単に言うなよ」

「ブゴリに化けたヤツを探して倒せば一石二鳥だ。ヤツらが潜んでいそうな場所に心当たりがある」

「やだ」


 秒で即答してしまった。

 だって死にかけるなんてめちゃくちゃ痛いだろうし、誰だって嫌だろ。


「まあ、そうだろうな。あたしも強制はできない」


 いや……俺が魔力を高めて解除魔法を成功させないと、ララティは自我が亡失するんだ。

 なんとかしたい。協力したい。

 だけど怖くて震える。簡単に、わかったなんて返事できない。


 なんて臆病な男だ。自分でも情け無い。

 でもやっぱり怖いんだ。


 ララティはこんな情け無い俺を見ても落ち着いている。さすがだ。


「ララティはそれでいいのか?」

「それでいいわけじゃない。だけどフウマを恐怖に晒すのも気が進まない。だったら他の方法を考えないとな」

「ララティは自我がなくなることが怖くないのか?」

「は? あたしは魔王の娘だぞ。この世に怖いものなんてない」

「そっか。ララティはやっぱすごいな」


 それに比べて俺なんて、怖いものだらけだ。

 だけど俺は魔王の娘と違って、弱い一般の人間だ。だから仕方ない……よな。


「ララティ。どうするか、ちょっと考えさせてくれ」

「わかったよフウマ。でも無理しなくていいからな」

「うん」


***


 その日の夜。みんな寝静まった後も、俺はなかなか寝つけなかった。

 ベッドに寝転んで天井を見つめながら、同じことを何度も考えていた。


 あと11日以内にララティを助けるためには、俺が魔族と実戦をするしかないんだろう。

 それはわかる。できれば協力したい。

 だけどそんなの怖すぎて、なかなか決断がつかない。


 ふと、彼女と初めて会った日から、今日までのことが頭に浮かんだ。

 時には強気すぎてビビることもあるけど、基本的にはいいヤツだ。言動も可愛いし。


 なんて考えていたら、ララティの顔が見たくなった。


「もう寝たかな」


 こんな遅い時間、もう寝たに決まってる。だけど確かめたくなって、俺は自分の部屋から廊下に出た。

 そしてララティの部屋の前まで行って、扉の前で立ち止まる。


 扉の隙間から光が漏れている。もしかしたら、起きてるのかも。

 そう思って、扉に向かって彼女の名前を呼ぼうと口を開きかけた時。

 部屋の中からすすり泣くような、小さな声が聞こえた。


 なんだろう?

 扉に耳を当て、聴覚を研ぎ澄ます。

 それはララティの声だった。


「くそっ……このまま、あたしは自我を失うのかな? あたしがあたしじゃなくなる……?」


 いつも自信満々で落ち着いて。時には毒舌で攻撃的で。

 そんなララティの声とは思えないくらい、か細くて震える声だ。


「イヤだよ……怖いよ……」


 俺は完全に勘違いしていた。

 魔王の娘である彼女は、この世に怖いものなんてない。

 ララティが俺にそう思わせるように、強がっていたのを全然見抜けなかった。


 実際には彼女は、か弱い心を持つ普通の女の子なんだ。


 俺ってバカだ。彼女があんなに怖がっているのに、俺自身の恐怖に飲まれて、全然気づいてあげれらなかった。


 ララティは本当はこんなに怯えていたにも拘わらず、強がっていたんだ。


 ──俺に心配をかけないために。


 彼女が、とても、愛おしく思えた。


 俺は思わずドアを開けた。

 ベッドに腰かけて、両手で顔を覆っていたララティが、何ごとかと顔を上げた。

 泣きはらした目と視線が合う。


 美しい顔が、悲しみに包まれている。俺のせいだ。


「ララティ」

「フウマ……どうした?」

「ごめん。キミの気持ちをわかってなくてホントにごめん。やろうよ実戦! 俺の魔法をできる限り高めよう。そしてララティにかかった眷属の呪いを、何が何でも解除しよう」


 俺は近寄って、両手でララティの両腕を握った。


「フウマ……いいのか? 大ケガをする可能性が高いんだぞ?」

「ああ、いいよ。ララティのためだ。なんだってやる」

「無理すんなよフウマ」

「それはこっちのセリフだよララティ。キミは無理をし過ぎだ」

「いや、そんなことは……」

「もういいよ。俺に気を遣い過ぎだよ」


 俺は遠慮し過ぎるララティを黙らせるために、彼女の背中に両腕を回してぎゅっと抱きしめた。


「ふにゃん」


 なんだよふにゃんって。でも可愛いなララティ。


「ズルいぞフウマ」

「なにが?」

「そんなことされたら……あたしはキミに頼りたくなってしまう」


 あっという間に真っ赤に染まった顔を恥ずかしそうに横に向けながら、ララティはそんな可愛いセリフを口にした。


「頼ってくれていいんだよララティ」

「ありがとうフウマ……じゃあもう一つお願いしていいか?」

「なんだ?」

「このままもうしばらく、ぎゅっとしててほしい」

「そんなことか。いいよ」


 妹のカナ以外の女の子と抱き合うなんて、生まれて初めてだ。

 本当ならめちゃくちゃ恥ずかしくて、俺の方からそんなことはできないのに。

 今はなぜかララティのことが愛おしすぎて、つい自然に抱きしめていた。


 彼女の方も俺の背中に腕を回して、すがりつくように抱きついてきた。

 それからしばらくの間、俺たちは夜が更け周りが静まり返る中、そのままじっと抱きしめ合っていた。



= 魔王の娘、ララティ・アインハルト・ルードリヒ。自我じが亡失ぼうしつまで11日 =

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