第30話:ララティの葛藤

「うーむ……どうしたものか。どこまでフウマにホントのことを言うべきか」


 あたしは夕食を食べたあと、寝室にこもって一人悩んでいる。

 眷属けんぞくの呪いのことまで、彼に正直に言うのがいいのかどうか。


 ──今の状況を整理しよう。


 魔王であるあたしの父は穏健派で、人間とは距離を置いてお互いに干渉せずに過ごす主義だ。人間を襲うことは良しとしない。


 しかし現魔王の主義に反対する者も多くいる。

 人間を襲い、加虐的かぎゃくてき嗜好しこうを満たしたい。人間の財産を奪い、ぜいたくな暮らしをしたい。

 そういうヤツらだ。


 魔王に反抗する勢力の中には、クーデターを企てる者がいるという噂がある。

 万が一そんなヤツらとの戦いが起こった時のために、あたしは古代魔法の書である「呪いの書」を探す旅に出た。この書に書かれた強力な魔法が、必ずあたしたちの力になる。


 一方反対勢力は、あたしを探して暗殺しようとしている、という噂を聞いた。

 呪いの書を手に入れるのを防ぐこと。それに魔王よりもくみしやすいあたしを倒すことで、自分たちを優位に持って行こうという算段だ。


 幸い呪いの書を手に入れることができた。


 あたしは本当なら、こんなところでのんびりしている場合じゃない。早く父の元に戻り、反対勢力との戦いに備えなきゃいけないのだ。


 だけどフウマに眷属の呪いをかけられたせいで、解除するまでフウマの近くから離れるわけにいかない。

 解除せずに放っておいたら、そのうちあたしの自我が無くなってしまうからだ。


 しかしとうとう敵対派の魔族に、あたしの居場所を特定されてしてしまった。

 学院にあたしが潜んでいると睨んだヤツらが、ブゴリに成りすまして学院に入り込んだ。そしてあたしを見つけ、不意打ちをしてきた。


 今の状況は、そんなところだろう。


 ──で、これからどうする?

 フウマやカナちゃんに迷惑をかけないためには、あたしがここを出て行くべきだ。そして彼らから距離を取って、二度と会わないようにすればいい。


 だが眷属の呪いを解除しないことには、あと11日後にはあたしは自我を失う。


 ──それは非常に困る。


 となれば眷属の呪いを解除するために、やはりフウマに協力をしてもらうしかない。

 もうあたしに残された時間は少ないのだ。

 フウマにはしっかりと事情を理解したうえで、積極的に呪い解除に協力してもらわないと、間に合わなくなる。


 だから彼らには申し訳ないけど、協力してもらうしかない。


 いやだけど、やっぱり二人に迷惑をかけるのは良くない。

 それにフウマが事情を理解して、協力してくれるとは限らない。


 ……ああっ、あたしはいったいどうしたらいいのだ!?



***

〈フウマside〉


 夕食後、ララティはすぐに自室に籠ってしまった。

 どうしたんだろう?

 体調でも悪いのか?

 それとも俺、なにか彼女を怒らせるようなことしたかな?


 うーん……気になって仕方ない。


「ねえお兄ちゃん。難しい顔してどうしたの?」

「あ、いや。なんでもない」

「ララちゃんとケンカした?」

「いや、違うよ」

「ちゃんと仲直りしてね」

「だからケンカしてないって」


 別に彼女を怒らせるようなことはしていない……はずだよな?

 ちょっと不安だけど。


「私も心配ですわ」


 獣人化した妖狐フックスのレムンまでが、そんなことを言ってる。

 確かにケモ耳も尻尾もだらんと下がって、心配そうな態度だ。

 でも彼女は、ララティとは仲が悪かったはずだが……


「そんな不思議そうな顔をしないでくださいまし。確かに私はララティ様によくムカつきます。だって必要以上にフウマ様と仲良さげにするんですもの」

「いや別にそれほどでもないだろう」

「それほどでもありますわ。でも、私が獣人化できたのはララティ様のおかげ。それにあのお方、案外可愛いところもありますし。決して嫌ってはいませんわよ」

「そっか」

「だからララティ様がいつもより元気がないことが心配ですわ。何も喋らないでお部屋にこもってしまいましたし」

「そうだな」

「フウマ様がララティ様とケンカしたのでないなら、ちゃんとお話をしてみてください」

「わかった」


 みんなも心配してる。俺自身もララティが心配だ。

 よし。ちょっとアイツの部屋に行ってみるか。

 そう思って居間から出て、ララティの寝室の前に来た。


 ちょっと緊張する。万が一俺が無自覚のうちに嫌われるようなことをしてたら、シャレにならない。

 一度深呼吸をしてから、ドアをノックしようとした直前。

 突然中からドアが開いて、ララティが出てきた。


「あ、丁度良かったよララティ。話しがあるんだ」

「どうした?」


 なぜか彼女は気まずそうな顔で視線が泳いでいる。

 どうしたんだろう。やっぱ何か怒らせたのか?


「なあララティ。何か不満とか困ったこととかないか?」

「ん? べ、別に……なんで?」

「飯食ってすぐに部屋に籠ったし、体調でも悪いのかな。それともなにか困ったことあるのかな? いやもしかしたら俺、ララティを怒らせたのかな? どうしたのかなって……色々と考えてるんだ」

「なんでそんなにあたしのことを心配するのだ? あたしは魔王の娘だぞ。困ったことなんてあるはずがなかろう」

「なに言ってんだよ。魔王の娘って最初めっちゃ怖いヤツかと思ったけど、全然違うじゃないか。普通に良いヤツだし普通にメンタル弱いところもあるし。それにララティはもう俺にとって家族みたいな存在だろ。だから元気がないところを見たら、普通に心配するさ」

「フウマ……お前って……」


 ララティはなぜか俺の目をじっと見つめている。

 そしてその瞳がじんわりと滲みだした。

 これは……涙だ。


 なぜララティは涙を浮かべているんだ?

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