第23話:イライラするっ! ~sideララティ

「ああ、くそっ、イライラするっ!」


 あたしはフウマとマリンを置いて、一人先に家に帰ってきた。

 玄関扉を開けて家に入り、イラつきながら後ろ手に扉を閉める。


 ──バンっ!


 扉が閉まる音が思いのほか大きくてびっくりした。


「びっくりしたぁ。どうしたのお姉ちゃん?」


 家の中にいたフウマの妹、カナちゃんが目を丸くしている。

 ちょっと怯えた表情。

 しまった。悪いことをした。


「あ、ごめんごめん。手が滑っただけだ」

「そっかぁ。おかえり!」


 ニンマリと笑顔を浮かべる幼いカナちゃん。可愛い。

 つかみようのないイラつきに覆われていた気分がスゥっと引く。


「うん、ただいま」

「ねえお姉ちゃん。晩ご飯作ってるんだけど、うまくいかないの。手伝ってくれる?」

「お、おう。いいよ」


 いつも晩ご飯を作ってくれるフウマが、今日は帰りが夕飯の直前になる。だから代わりにカナちゃんが晩ご飯を作るのか。

 あたしは料理はあんまり得意じゃないけど、幼いカナちゃんだけに任せるのは酷だ。


 まああたしなんて微力だけどね。

 やらないよりはマシだと思った。


「やった! じゃあねお姉ちゃん。ここはカナがやるから、これをお姉ちゃんが……」


 こうやって可愛い姿を見ながら、料理でもやった方が気が晴れていい。


***


 ひと通り夕食の準備を終えて、ちょっとひと休みすることになった。

 カナちゃんは疲れたのか、ソファにごろりと寝転んだ。

 するとすぐにスゥスゥと可愛い寝息を立て始めた。


 ──ムフ。


 幼さの残る寝顔が可愛いな。

 ようやくちょっと冷静に考えられるようになった頭で、今日のことを思い返した。


 あたしは、なぜ、フウマを追いかけて二人の逢瀬を覗いたのか。

 自分でもそんなことをすべきじゃないと思いながらも、どうしても我慢できなかったんだよね。


 それは──フウマがどんな顔をしてマリンと会ってるのか、気になって仕方がなかったのだ。

 フウマがマリンと会ってると思うと、胸が痛んで苦しかったのだ。


 ムムム……これはいったいなんなのだ?

 もしかしてあたしは彼に恋……いやいやいや!

 そんなはずはない。


 あたしは魔族だ。魔王の娘だ。

 人間に恋をするなんておかしい。許されない。


 たとしたら、やはり眷属の呪いの副作用か?

 こんな副作用があるなんて聞いたことはない。

 だけど眷属の呪いは古代魔法だ。知られていない作用があったとしてもなんら不思議ではない。


 うん、不思議じゃないぞ!


 それはそうとして、もっと重要なことがある。

 それは──眷属の呪いを早く解除しないと、あたしの自我が無くなるまであと15日しかないということだ。


 えっと……すっごくマズいんですけど?

 いよいよ本格的に対応しなきゃいけないですけど?


 眷属の呪いを解除するには、二つの選択肢しかない。

 一つはフウマの魔力を極限まで高めて、解除術式が有効になるようにする。

 もしくは……彼を殺すか。


 今のあたしには、フウマを殺すという選択はない。

 彼がいなくなると妹のカナちゃんがかわいそうだからな。

 ……うん、決して彼が愛おしいとかではなくて。


 だから毎晩のようにフウマに魔力注入を行い、ヤツの魔力が極限まで高まるのを待っているのだ。

 この方法で、フウマの解除魔法が有効に発動するかどうかはわからない。いわば賭けだ。


 でも、フウマの解除魔法が効くかどうか、そろそろ試してみてもいい頃かもしれないな。

 もしも解除魔法が効かないなら、その時は彼を殺すことも考えないといけない。


 だがしかし。

 本当にあたしに、フウマを殺すなんてことができるのだろうか……?



 その時玄関扉が開く音が聞こえた。


「ただいま~」


 フウマが帰ってきたようだ。

 今日の昼間はマリンと仲良さそうにしているのも、あたしを置き去りにして逃げられたのも腹が立った。


 だけどいつまでもそれを引きずるのは良くない。

 だからあたしは笑顔で迎えるんだ。


「おう、お帰りフウマ」

「うん、ただいまっ!」


 部屋の中に入ってきたフウマの顔を見ると、目尻が下がって鼻の下が伸びている。

 しかもなんだ、そのウキウキした口調は?

 そんなウキウキした話し方なんて、あたしには見せたことないだろう。


 ふぅ~ん……よっぽどあの女とのデートが楽しかったようだな。

 なんか胸の奥がチクチクとする。


 くそっ……穏やかな気分でフウマを迎えようと思ってたけど、こんな姿をの当たりにしたらやっぱムカつく。


「なあララティ」

「ん? なんだ?」

「なにをそんなにブスっとしてるんだよ」

「は? 悪かったな、ブスで」

「いや、そうじゃなくて……もうちょっと朗らかに笑った方がいいぞ。ほら、マリンみたいに」

「……は?」


 なんだと? あの女を見習えと?

 それは、あたしに一番言っちゃいけない言葉であるぞ。


 くっそイライラするっ!

 さっきあたしは、あたしにフウマを殺すなんてことができるのだろうか──なんて思ったけど。

 殺してやりたいほどムカつくっっっ!!

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